――二〇一八年、二月十五日、木曜日。
お葬式が終わってすぐ、親族である愛さんと一緒に、灰の返還を政府へお願いした。だが、病気の研究のために所有しているので、何度問い合わせても断られてしまったのだ。愛さんは疲弊しきってしまい、とうとう灰の返還を諦めてしまった。
それでも桐人との約束を果たしたいという思いは消えなかった。でも私にできることはなにもない。そんな不甲斐ない気持ちに耐えられなくなり、知里ちゃんに辛い心境を全て吐き出したのだ。
知里ちゃんは私の話を全て受け止めたくれた。一通り話し終えるとこう言ったのだ。
『私に話してくれてありがとう。あとは任せて』
それから数日後、政府関係者から会いたいとの連絡が来た。知里ちゃんが博栄さんにお願いして根回ししてくれたのだ。知里ちゃんと博栄さんには感謝してもしきれない。
後日、一生行く機会がないような料亭で、政府関係者に会った。しかも、来たのが元総理大臣だったのだ。元総理大臣は博栄さんと一緒に難病カードの制度を作っており、本人曰く博栄さんの弟子らしい。元総理大臣は灰の返還を調整すると約束してくれた。
そして今日、約束が果たされる。
いつも静かなこの丘は、今日だけはちょっと賑やかだ。麓には喪服を着た五人がいる。私、知里ちゃん、博栄さん、愛さん、そして灰を持ってきた政府関係者だ。
朝の空は灰色で、本当は晴れていた方がよかったけれど、これが桐人の見てきた空の色に一番近いのかも知れない。
私は政府関係者から、片手で握れるくらいの透明の瓶を受け取った。思ったよりも重い。きっとこれが命の重みなのだろう。
「では、行ってきます」
みんなは口々にいってらっしゃいと言う。ここからは一人で行くのだ。
冬でも丘一面は緑色の小さな草が広がっている。ここの景色が変わるのは、頂上の桜がまばらに白い花を咲かせた時だけだ。
あの木を目指して丘を登っていく。
桐人と再会する前と身体は全く成長していない。だけどあの頃とは比べ物にならない程、強くなった気がする。桐人のおかげで、ただ衰退するだけの日々が変わったのだ。
木の根元に着いた。
もうそこには、なにも落ちていない。ただ、草花が広がる自然の風景がそこにあるだけだ。少し寂しい気もしたけれど、感謝の気持ちが溢れてくる。
瓶の蓋を回した。
桐人、最期の約束、果たすからね。
逆さまにした瓶から、白い灰が一斉に落ちる。その時やっと実感した。桐人はもうこの世にいないのだ。
最期の言葉が蘇る。
『でも、今は病気になって良かったとすら思ってるよ。病気になったおかげで、またハルカちゃんと仲良くできたからね』
もう我慢出来なかった。あの時、本当は言ってやりたかった言葉が、叫び声となる。
「私は病気になって良かったなんて思わないから!」
いくらなんでも早すぎるよ。
これから楽しいことあるって時だったのに。
桐人と初めて遊んだ街だって、一緒に入りたいと思ったお店たくさんあったのに。
長野旅行も行きたかったよ。
映画だってまた行きたかったよ。
私達、付き合ってから全然デート出来てないじゃん。
私はそれが良かったんなんて思わないから。
もっと手を繋ぎたかったし、もう一度キスしたかったよ。
あの一回だけで良かったなんて思えない。
もっと、もっと桐人と過ごしたかったよ。
難病カード、まだまだ使い足りないよ。
丘に強い風が吹き、寒さで身震いする。だけど樹の根元に撒いた灰は、ほとんど動いていなかった。
『オレはいなくならないよ。形を変えるだけだ』
そうだ。桐人はここにいるんだ。辛くなった私を慰めるために、ずっとこの場所で待っていくくれてるんだ。
早速、桐人に救われて落ち着きを取り戻した。さっきの声はきっと麓まで聞こえてしまっただろう。でももうそれでも良い。最後に言いたいことは言ってやった。いや、最期に言いたいことはこんなことじゃなかったはずだ。
「私も楽しかったよ。ありがとう」
でもこれはあの時言えなかった言ったことを言っただけで、過去の言葉だ。
私の未来は続いていく。私はこれからも生きていく。冷静になっても変わらないこの思いを桐人に伝えたい。
恋人に愛を語るように思いを解き放つ。
「桐人の命を奪った病気のこと、絶対に許せないよ。もちろん他の病気だって同じ。だから私ね、医者になろうと思うの。勉強たくさん頑張るから、何年浪人したって絶対に医者になるから」
桜の木を背にして、丘を降り始めた。
灰がなくなって軽くなったはずなのに、帰り道の瓶が重たくなったように感じる。
お葬式が終わってすぐ、親族である愛さんと一緒に、灰の返還を政府へお願いした。だが、病気の研究のために所有しているので、何度問い合わせても断られてしまったのだ。愛さんは疲弊しきってしまい、とうとう灰の返還を諦めてしまった。
それでも桐人との約束を果たしたいという思いは消えなかった。でも私にできることはなにもない。そんな不甲斐ない気持ちに耐えられなくなり、知里ちゃんに辛い心境を全て吐き出したのだ。
知里ちゃんは私の話を全て受け止めたくれた。一通り話し終えるとこう言ったのだ。
『私に話してくれてありがとう。あとは任せて』
それから数日後、政府関係者から会いたいとの連絡が来た。知里ちゃんが博栄さんにお願いして根回ししてくれたのだ。知里ちゃんと博栄さんには感謝してもしきれない。
後日、一生行く機会がないような料亭で、政府関係者に会った。しかも、来たのが元総理大臣だったのだ。元総理大臣は博栄さんと一緒に難病カードの制度を作っており、本人曰く博栄さんの弟子らしい。元総理大臣は灰の返還を調整すると約束してくれた。
そして今日、約束が果たされる。
いつも静かなこの丘は、今日だけはちょっと賑やかだ。麓には喪服を着た五人がいる。私、知里ちゃん、博栄さん、愛さん、そして灰を持ってきた政府関係者だ。
朝の空は灰色で、本当は晴れていた方がよかったけれど、これが桐人の見てきた空の色に一番近いのかも知れない。
私は政府関係者から、片手で握れるくらいの透明の瓶を受け取った。思ったよりも重い。きっとこれが命の重みなのだろう。
「では、行ってきます」
みんなは口々にいってらっしゃいと言う。ここからは一人で行くのだ。
冬でも丘一面は緑色の小さな草が広がっている。ここの景色が変わるのは、頂上の桜がまばらに白い花を咲かせた時だけだ。
あの木を目指して丘を登っていく。
桐人と再会する前と身体は全く成長していない。だけどあの頃とは比べ物にならない程、強くなった気がする。桐人のおかげで、ただ衰退するだけの日々が変わったのだ。
木の根元に着いた。
もうそこには、なにも落ちていない。ただ、草花が広がる自然の風景がそこにあるだけだ。少し寂しい気もしたけれど、感謝の気持ちが溢れてくる。
瓶の蓋を回した。
桐人、最期の約束、果たすからね。
逆さまにした瓶から、白い灰が一斉に落ちる。その時やっと実感した。桐人はもうこの世にいないのだ。
最期の言葉が蘇る。
『でも、今は病気になって良かったとすら思ってるよ。病気になったおかげで、またハルカちゃんと仲良くできたからね』
もう我慢出来なかった。あの時、本当は言ってやりたかった言葉が、叫び声となる。
「私は病気になって良かったなんて思わないから!」
いくらなんでも早すぎるよ。
これから楽しいことあるって時だったのに。
桐人と初めて遊んだ街だって、一緒に入りたいと思ったお店たくさんあったのに。
長野旅行も行きたかったよ。
映画だってまた行きたかったよ。
私達、付き合ってから全然デート出来てないじゃん。
私はそれが良かったんなんて思わないから。
もっと手を繋ぎたかったし、もう一度キスしたかったよ。
あの一回だけで良かったなんて思えない。
もっと、もっと桐人と過ごしたかったよ。
難病カード、まだまだ使い足りないよ。
丘に強い風が吹き、寒さで身震いする。だけど樹の根元に撒いた灰は、ほとんど動いていなかった。
『オレはいなくならないよ。形を変えるだけだ』
そうだ。桐人はここにいるんだ。辛くなった私を慰めるために、ずっとこの場所で待っていくくれてるんだ。
早速、桐人に救われて落ち着きを取り戻した。さっきの声はきっと麓まで聞こえてしまっただろう。でももうそれでも良い。最後に言いたいことは言ってやった。いや、最期に言いたいことはこんなことじゃなかったはずだ。
「私も楽しかったよ。ありがとう」
でもこれはあの時言えなかった言ったことを言っただけで、過去の言葉だ。
私の未来は続いていく。私はこれからも生きていく。冷静になっても変わらないこの思いを桐人に伝えたい。
恋人に愛を語るように思いを解き放つ。
「桐人の命を奪った病気のこと、絶対に許せないよ。もちろん他の病気だって同じ。だから私ね、医者になろうと思うの。勉強たくさん頑張るから、何年浪人したって絶対に医者になるから」
桜の木を背にして、丘を降り始めた。
灰がなくなって軽くなったはずなのに、帰り道の瓶が重たくなったように感じる。