――二〇一七年、十一月四日、土曜日。
桐人のお通夜が行われた。
本当だったら桐人と長野旅行をしていたはずの日だけれど、昨日も今日も全国的に雨が降り止まない。いずれにせよ、星は見られなかったのだ。
私は親族の席に座っている。告別式親族のみで行うため、せめてお通夜は桐人の傍にいて欲しいと愛さんからお願いされたのだ。
線香の香りが充満したセレモニーホールに、お坊さんのお経が響き渡る。だけど、柩の中に桐人はいない。灰になってしまった桐人は、病気の研究のため国に引き取られてしまったのだ。これでは桐人とした約束を果たせない。
本人不在のお通夜で段々誰のためにやっているかわからなくなってきたが、それでも様々な人が桐人のために焼香をしていく。
教師達が入ってきて、その中に担任の先生がいた。先生は私をしっかり見て頭を下げたので、私も同じように下げる。
授業を途中で飛び出した私は当然、担任から職員室に呼び出された。停学処分くらいは覚悟していたが、桐人の病気のことも私と桐人の関係も教師の間で共有されており、今回だけは特別に厳重注意だけで済まされたのだ。先生には感謝しかない。
教師達に続いて、桐人と同じクラスだった特別選抜の生徒達がお焼香に来た。思ったよりも泣いている生徒は少なかったが、決して薄情だというわけではないだろう。あまりにも一緒に過ごしすぎて、きっと実感が持てないだけだと思う。現に、今の私がそうだからだ。
特別選抜クラスの生徒が終わると、今度はバラバラの制服を着た高校生達が来た。桐人と同じ中学出身の人達だ。その中には私と同じ小学校だった人もたくさんいて、親族の席にいる私に不思議そうな顔をする人や驚く人もいる。すると、見知った二人がやってきた。
知里ちゃんと正文くんだ。二人とも学校の制服を着ており、知里ちゃんは髪を黒くして化粧も控えめにしている。こうやって見ると小学生の時とあまり顔が変わっていない。
二人がお焼香を終えた時だ。知里ちゃんはすぐに歩こうとしたが、正文くんは一歩も動こうとしなかった。知里ちゃんは正文くんの隣に戻り、お経で消えてしまいそうなくらい小さな声で言う。
「大丈夫?」
正文くんは俯き、肩が震えた。
「桐人ぉ!」
正文くんは大声で泣き、言葉にならない言葉を叫び出したのだ。それは時折「ありがとう」とも「ごめんな」とも聞こえた。正文くんの泣き声にこだまするように、会場から啜り泣く声が聞こえてくる。知里ちゃんは涙を流さず正文くんの頭を撫でると、手を繋いでセレモニーホールを後にした。
桐人の遺影を見る。
その美しい笑顔はまるで絵のようだった。ここに桐人の顔があるのに、桐人はここにいない。それでも、正文くんの叫び声なら世界中のどこにいても届く気がする。
私の思いは桐人に届くのだろうか。いや、きっとまだだ。私にはやることが残っている。
桐人との最期の約束を果たさないと。お葬式が本当の意味で終わるのはそれができてからだ。
桐人のお通夜が行われた。
本当だったら桐人と長野旅行をしていたはずの日だけれど、昨日も今日も全国的に雨が降り止まない。いずれにせよ、星は見られなかったのだ。
私は親族の席に座っている。告別式親族のみで行うため、せめてお通夜は桐人の傍にいて欲しいと愛さんからお願いされたのだ。
線香の香りが充満したセレモニーホールに、お坊さんのお経が響き渡る。だけど、柩の中に桐人はいない。灰になってしまった桐人は、病気の研究のため国に引き取られてしまったのだ。これでは桐人とした約束を果たせない。
本人不在のお通夜で段々誰のためにやっているかわからなくなってきたが、それでも様々な人が桐人のために焼香をしていく。
教師達が入ってきて、その中に担任の先生がいた。先生は私をしっかり見て頭を下げたので、私も同じように下げる。
授業を途中で飛び出した私は当然、担任から職員室に呼び出された。停学処分くらいは覚悟していたが、桐人の病気のことも私と桐人の関係も教師の間で共有されており、今回だけは特別に厳重注意だけで済まされたのだ。先生には感謝しかない。
教師達に続いて、桐人と同じクラスだった特別選抜の生徒達がお焼香に来た。思ったよりも泣いている生徒は少なかったが、決して薄情だというわけではないだろう。あまりにも一緒に過ごしすぎて、きっと実感が持てないだけだと思う。現に、今の私がそうだからだ。
特別選抜クラスの生徒が終わると、今度はバラバラの制服を着た高校生達が来た。桐人と同じ中学出身の人達だ。その中には私と同じ小学校だった人もたくさんいて、親族の席にいる私に不思議そうな顔をする人や驚く人もいる。すると、見知った二人がやってきた。
知里ちゃんと正文くんだ。二人とも学校の制服を着ており、知里ちゃんは髪を黒くして化粧も控えめにしている。こうやって見ると小学生の時とあまり顔が変わっていない。
二人がお焼香を終えた時だ。知里ちゃんはすぐに歩こうとしたが、正文くんは一歩も動こうとしなかった。知里ちゃんは正文くんの隣に戻り、お経で消えてしまいそうなくらい小さな声で言う。
「大丈夫?」
正文くんは俯き、肩が震えた。
「桐人ぉ!」
正文くんは大声で泣き、言葉にならない言葉を叫び出したのだ。それは時折「ありがとう」とも「ごめんな」とも聞こえた。正文くんの泣き声にこだまするように、会場から啜り泣く声が聞こえてくる。知里ちゃんは涙を流さず正文くんの頭を撫でると、手を繋いでセレモニーホールを後にした。
桐人の遺影を見る。
その美しい笑顔はまるで絵のようだった。ここに桐人の顔があるのに、桐人はここにいない。それでも、正文くんの叫び声なら世界中のどこにいても届く気がする。
私の思いは桐人に届くのだろうか。いや、きっとまだだ。私にはやることが残っている。
桐人との最期の約束を果たさないと。お葬式が本当の意味で終わるのはそれができてからだ。