――二〇一〇年、九月十七日、金曜日。

「どうしてこんなところで泣いてるの?」

「……」

「あ、ごめんなさい。私はハルカ。あなたは?」

「……タクマ」

「タクマくんね。なにか嫌なことでもあったの?」

「……今日会ったばっかりなのに、こんな話するの悪いよ」

「遠慮しなくて良いよ。私、こう見えても昨日十歳になったばかりのお姉さんだからね」

「…………僕、学校でずっといじめられてるんだ」

「え? いじめ?」

「うん。先生が注意しても全然やめてくれなくてさ」

「そんな……タクマくんかわいそう」

「だからもう死のうと思ってこの場所を見つけたんだ。だけど……怖くて死ねなかった」

「死ぬなんて絶対ダメだよ。私達まだ小学生だよ?」

「でも、僕なんか生きていてもしょうがないよ」

「そんなことない。死んで良い人なんていないよ」

「だって僕、デブだし運動も勉強もできないし暗いし……」

「いじめっ子に言われたの?」

「うん」

「私ね、すごく悔しいことがあったの」

「え? 悔しいこと?」

「うん。でもね、それをバネにして一生懸命頑張って勉強してるの。タクマくんも嫌なこと言われて悔しくない?」

「悔しい。悔しいよ。でも……」

「それなら頑張ろうよ。私も頑張るからさ」

「……僕にできるかな?」

「できるよ! やってみようよ!」

「わかった。今度いじめられたら殴り返してみる」

「違う違う。暴力はどんな時でも絶対にダメだよ」

「そ、そうだよね。それなら僕、どうすれば良いんだろ」

「明日も生きるだけで良いと思う」

「それだけで良いの?」

「うん。生きてるだけで立派だよ」

「ありがとう……ありがとう……」

「生きてるならいっぱい泣いていいからね」

「ぼ、僕、頑張って生きるよ……」

 タクマくんが泣き止むと、たわいもない話で笑い合った。こんなに笑ったのは久しぶりな気がする。帰る時間になっても名残惜しかったが、勉強が忙しかった私は、次にタクマくんと会う約束を曖昧に交わすことしかできなかった。

『いつかまた、この場所で会おうね』

 結局あれから一度も会えないまま小学校を卒業した私は、中高一貫の名門私立に進学できた。四年生から三年間も、受験勉強だけを頑張ったおかげだ。
 学校の近くに引っ越すことになったので、これでもうタクマくんと会うことはないのだろう。少し寂しい気もするけれど、新しい生活に期待が膨らむ。
 そのはずだった。