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ちゅう秋の問い掛けが、遂に天使に触れる。天使は黙って一部始終を見ていたようだ。ちゅう秋の問いに目を細めると、見下すように顎を引き上げた。
「違うわ。彼等を殺したのは八つ当たりなんて阿呆な事をするためじゃないわ」
「ならば、何故?」
「愛よ」
――愛。
そう告げられた言葉に、僕は思考が一瞬停止した。あい。アイ……愛?
「神主さんに愛されたかったの」
「それがどうして土鳩と繋がる?」
「鳩は私の一部だもの」
愛し、愛され。それを受けられる鳩は、自分自身であるのだと彼女は謳う。どこまでも狂った持論に、パニックになっていた頭が冷えていくのを感じた。
「でも、愛されたいって思うのって、悪い事でしょう?」
「そんな事はない」
「ううん。愛されたいって思うのは、悪い事なの。だって愛されるのは当然で、でもそれ以上を望むのは馬鹿のやる事だもん」
「私は、愛されるために生まれて来たのに」と断言する天使に、僕はゆっくりと立ち上がった。止めるちゅう秋の声を無視して天使の前に立った僕は、彼女の柔らかい頬を叩いた。パシンッと軽い音がし、彼女の頬に赤い華が咲く。驚く彼女に、僕は口を開く。
「馬鹿は君だ」
「な、にを……」
「そしてそんな君に惚れた僕も、……馬鹿だった」
僕は下唇を噛み締めると、踵を返しその場を後にした。
……愛される事が当然だった彼女は、愛されたいと願う気持ちを持つことを悪だと見なしたのだろう。それはなんて。なんて——。
(なんて、悲しい人生だったんだろう)
愛される事を望めない、愛されたいと口に出来ない。そんな世界。まるで『自分は望んではいけないのだ』と言わんばかりだ。僕は溢れる涙を拭うと神社の鳥居を後にした。——もうここに、訪れる事はないだろう。