「そして、君が天使だと言っていた彼女が」
「……うそだ」
「君の追い求めていた土鳩事件の犯人だよ」
小さな抵抗も虚しく、僕は現実を突きつけられた。……どうして。
茫然とする僕の視線が、天使の視線と交わる。久しぶりに合った彼女の視線は――どこまでも、熱を感じなかった。愕然とする僕を支えたちゅう秋が天使を睨みつける。その表情は昨日、刑務所で妖女に向けていた視線と同じ種類のものだった。
「君は君であるために必死だった」
「……だから何?」
「でも、君は君である事に苦痛を感じていた。そうだろう?」
ちゅう秋の問い掛けに、天使は応えない。天使は神主を見る。その視線はとても恋している相手に向けるような視線ではなくて。
「彼が、彼でいてくれなかったから」
「……そう。彼は、君に恋してしまったんだ」
それも、——熱烈に。ちゅう秋の言葉に、僕は心底驚く。
(まさか、あの朴念仁が……⁉)
驚きに彼を見つめる。僅かな期待を持った視線は彼を捕え――しかしちゅう秋と天使の言葉を肯定するように、朴念仁の表情が変わっていくのを、僕は見逃さなかった。
「……そうです。私は彼女に恋をしてしまった。美しく、誰の手にも入らない、高嶺の花」
「……」
「ずっとずっと神に仕える事だけを目的として生きて来た私に、君の存在は毒だった。君が、君がどんどん素敵になって、素敵な女性になって、美味しくなっていくから……私は壊されたんだ! お前のせいだ! お前がっ! 美人だったが為に! 僕の人生は狂ったんだッ‼‼」
常に冷静だった声が、どんどんと早さを増し、憎悪を増していく。苦しそうな声は……けれど、どこまでも身勝手な言葉の数々でしかなかった。
(なんて、事だ……)
ただ生きているだけで、彼女はこうも何人もの男の運命を変えてしまうのか。……それはどれだけ恐ろしく、魅力的なことなのか。
「だから、君の事を誘惑するよう、あの男に頼んだんだ……なのに、なのに……! あの役立たず‼ クソッ! クソッ‼‼」
どんどん乱雑になっていく言葉に、僕はもう彼が神社の神主には見えなかった。そこにいるのは、ただただ自身の欲に塗れた“人間”だった。
「そんな神主の気持ちに気づいていた君は、土鳩に八つ当たりをした。それがエスカレートして、殺害にまで至ったんだろう?」