77
予想外の出来事に――しかし、内心彼女の行方が気になっていた僕は躊躇いつつも、了承を現すようにしっかりと頷いた。スケジュールを立て、僕の体と相談し、医者からも「問題ない」と太鼓判を押された日。僕はついに刑務所の前に降り立っていた。ちゅう秋が面会の受付を済ませてくれる最中、僕は周囲を物珍し気に見つめる。ドラマで見た事はあったが、刑務所に実際に入るのも見るのも、初めてだったのだ。
面会室だと言われ通された部屋は無機質で、ドラマで見た様相をしていた。ガチャリとガラスの向こうの扉が開き、女が入って来る。——妖女だった。
「……お久しぶりですね」
妖女は顔を上げると僕を忌々しそうに睨みつける。メイクを落とした顔は、思った以上に老けて見え、細い手足は更に細くなったのではないかと錯覚を起こす。質素な服に身を包んだ彼女は、僕に向かって舌打ちをすると視線を逸らした。思った以上に、彼女の中で僕は悪役になっているようだ。
「何しに来たのよ」
「えっと、……話をしに?」
「はっ。殺そうとした犯人と、被害者のアンタが? ばっかじゃないの」
フンッと鼻を鳴らす彼女に、僕は確かにと内心で頷く。——彼女の言う通りだ。被害者と加害者が顔を合わせて穏やかに話が出来る訳がない。僕は助けを求めるようにちゅう秋を見る。ちゅう秋も彼女の態度を見て悟ったのか、ため息を吐くとメモ帳を取り出した。
「君の素性は調べさせてもらったよ。神主に振り向いてもらえなかったからといって、少女を轢き殺そうとするなんて、酷いと思わないのかい?」
「えっ」
「思わないわ。そこの男が邪魔さえしなければ、あたしの復讐は果たせたのよ。なのに……」
ギッと強く睨まれる。けれど、僕はそれどころではなかった。
「君が好いていたのは、イケメンの方じゃなかったのか……⁉」
「はあ? あんな奴のどこがいいのよ! 女の敵よ、敵!」
「えええっ⁉」
僕はここが刑務所である事を忘れ、大声で驚いてしまった。警官から注意され、慌てて居すまいを正す。
(まさか彼女の本命が朴念仁だっただなんて……)
……そういえば、彼女は彼が働くカフェにいなかっただろうか。仕事帰り。疲れた体を引き摺ってでも来たいと、そうしていたんじゃないだろうか。
(……考えてみれば、可能性はいくらでもあったんだな)