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「それで。君がわざわざ来たってことは、何か話があるんだろう? まさか僕とおしゃべりする為だけじゃないだろう?」
「ご名答だ。よくわかったな」
「当たり前だろう。一体何年君の友人をやっていると思っているんだ」
妻が運んできてくれた茶を啜り、僕は揶揄うように笑ってやる。それを受けて、ちゅう秋も笑みを浮かべた。軽口はもう互いの癖のようなものだった。ちゅう秋は茶をひとくち啜ると、真面目な顔をして僕を見る。湯呑の淵をなぞる指先は、どこか落ち着きがない。
(珍しい)
ちゅう秋がこんなに悩むなんて。僕は黙ったままちゅう秋が話始めるのを待つ。十分……いや、五分程度だろうか。沈黙を終えたのは、ちゅう秋の声だった。
「俺は君の友人だ。君は、俺の友人でもある」
「そうだな」
「そんな君を、俺は救いたいと思っている」
「それは有難い」
「茶化さないでくれ。大事な話なのだから」
真面目くさった顔をしてそう言うちゅう秋は、大きく深呼吸をすると意を決したかのように僕を指差した。——いや、僕の“後ろ”を指差した。
「だから、俺は君の憑き物を落とそうと思う」
「へ……?」
「君は、どうしたい」
憑き物を落として平和に生きるか、それとも――このまま災難に巻き込まれ続け、やがて死ぬか。
突然究極と言っても過言ではない二択を迫って来る友人に、僕は待ったを掛けようとして、やめる。彼の目は、今まで見た中でも一番真っすぐ僕を見つめていたからだ。
(平和に生きるか……しぬ、か……)
そんなもの、決まっているだろう。
「生きたいに決まっている」
「そう言うと思っていた」
ははっと軽快に笑う彼に、僕は「謀ったのか⁉」と声を荒げる。もちろん、本気ではない。ケタケタと面白そうに笑う彼の姿に、僕は毒気を抜かれたように椅子の背もたれに背を預けた。……一瞬、彼が安堵したような表情をしたのは、僕だけの秘密にしておこう。
「とはいえ、憑き物っていうのは、何だい?」
「そうだね……簡単に言えば君の悪運……だろうか」
「ほう。それは興味深い」
「そんなものに興味を持たなくていいよ」
「そんなものって」
「それより、憑き物を落とすにあたって君にはやってもらいたい事がある」
「やってもらいたい事?」
淡々と進む計画に、僕は首を傾げる。頷く彼は一枚のメモを取り出した。そこには少し先の都内の刑務所の名前が書かれていた。
「——君には、犯人の女性に会って欲しい」
「えっ?」