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呆れる彼の視線が背中に突き刺さるが、それを気にする気はそもそもなかった。僕は胸元を摩りながら、ちゅう秋に視線を向ける。
「それで。僕を轢いた犯人……基、天使を狙った犯人が分かったっていうのは、本当かい?」
「君、また懲りずにそんなあだ名をつけているのか」
「いいじゃないか。覚えていないより数倍マシだ」
僕は差し出されるジュースを受け取り、刺されたストローに口を付ける。話の途中で行儀が悪い気もするが、唯一許可されている食事なのだから、少しくらいの粗相は多めに見てもらいたいというもの。
(まあ、何となく予想がついているけれど)
僕は記憶の断片にある赤い車を思い出す。——知り合いで“赤”といえば、一人しか覚えがない。
「はあ……君の想像している通り、犯人は水商売の女だ」
「やっぱり」
「何でも、好いている男が取られそうになって焦ったのだと、彼女は言っているらしい」
ちゅう秋の言葉に僕は苦く笑うしか出来ない。……彼女の気持ちを知っている上、協定まで結んでいたのだから。
(とはいえ、恋敵を車で跳ねようとするのはお門違いだと思うけれど)
単調というか、乱雑というか。彼女のそういう短絡的な、先を考えない行動は元々好いていないところでもあった。まさかそれに自分が巻き込まれるとは露程も思っていなかったけれど。
「それで、彼女は?」
「もちろん、捕まっているよ。一緒にいた神社の神主が運転手である彼女を見ていたし、近くの防犯カメラにも映っていたからね」
「そうか……」
防犯カメラと目撃者。証拠としては十分だろう。
「さ。事件の話はこれでおしまいだ。けが人はさっさと寝てしまいなさい」
「おふくろみたいな事を言わないでくれ」
「言わせているのはどこの誰だか」
はあと呆れる彼は僕から空になったジュースのパックを受け取ると、早く寝るように促して来た。彼の言う事も一理あると納得した僕は、彼が本当に臍を曲げる前にと大人しく布団へと潜る事にした。ちゅう秋はそんな僕を見て、顔を顰める。はて、どうかしたのか。
「……あんまり奥さんを心配させるんじゃないよ」
「えっ」
「そうじゃないと、彼女が先に倒れてしまう」
そう告げる彼に、僕は浮かれていた気持ちが徐々に沈んでいくのを感じた。思い出すのは、初めて目を覚ましたあの日。心底心配したと言わんばかりの泣き顔は、今でも僕の心臓を締め付けた。
「……わかっているよ。もう、無理はしない」
「そうかい」