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誰かのすすり泣く声がする。ぼんやりとする意識が徐々に明瞭になっていく感覚は、デジャヴだった。
「……こ、こは……」
「っ、あなた!」
妻の叫び声と泣き顔に、僕は少しずつ状況を把握していく。
(嗚呼……またか)
そして理解したのは、彼女との約束を破ってしまったことだった。バタバタと医者や看護師がベッドの傍を行き交うのを感じながら、僕は妻の顔を見つめ続ける。大きな瞳に溜まる涙は、どこか僕を責めているようにも、安堵しているようにも見えた。痛む腕を上げて、彼女の頬に触れる。すぐに落ちてしまった手は、彼女の手によって包み込まれた。——嗚呼。
「や、くそく……やぶって、すまな、い……」
「っ、ばか……っ!」
「はは……ほんとう、だ」
僕は思わず笑い声を上げ、痛みに悶絶する。看護師たちの手によって離れていく妻を見送って、僕は再び意識を手放した。

「全治三か月ですね」
「はあ」
「こんな短期間に入院を繰り返すなんて、何か憑いているのかもしれませんよ」
――次に目が覚めたのは、あれから一週間以上が経ってからだった。揶揄い混じりに言われる医者が以前にもお世話になった先生だったのは、不幸中の幸いなのか。どちらにしろ一命を取り留めた僕は、大量の輸血をしなければいけないほどの重傷だったようで、未だ元気に点滴生活を送っていた。管が繋がった腕は、もう見慣れた光景の一つだ。
コンコン。
「失礼します」
「あっ」
ノック音と共に顔を出したのは、見慣れた男——ちゅう秋だった。医者と数言話した彼は、医者と入れ替わりに病室の中へと入って来る。その手には見慣れた鞄を持っており、予想通り彼はそれを棚の上に下ろすと中から生活用品を取り出した。全て僕に使うものなのだろう。
「すまないね」
「そう思うのなら、もう二度と入院しないようにしてくれないか」
「好きで入院しているわけじゃないんだ。仕方ないだろう?」
不機嫌そうな彼に僕は苦笑いで、そう返す。ちゅう秋は僕の言いたい事がわかっているのか、少し間を置くと大きくため息を吐いた。やはり、持つべきは友人だろう。
「妻は?」
「誰かさんのせいで心労がたたっていたからね。僕の妻と一緒にお茶しに行ったよ」
「そうか。助かる」
「……聞きたいのは、それだけじゃないだろう?」
「ははっ」
ちゅう秋の言葉を誤魔化すように笑みを浮かべる。笑い声が響いたのか、肋骨に痛みを感じた僕は慌てて胸元を抑え疼くまった。