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(もしかして、もう捜査は打ち切られたのか?)
否、そんなはずがないだろう。土鳩は飼われているものも多い。もし万一にでも誰かのペットである土鳩がターゲットになってしまったら、きっと大事になってしまうに違いない。
(そうすると警察はただただ体裁が悪くなるだけ……ならば、最初から捜査をしていた方が何倍もマシだろう)
とはいえ、やはり静かすぎるのには理由があるのだろうか。僕は彼女に問いかけようとして――しかし天使の紡いだ言葉に、問い掛けは成立しなかった。
「警察の方は早朝に捜査を終えると帰っていきましたよ。近隣住民の人たちも怖がって近づいてきませんし……穴場が更に独占出来ています」
へらりと笑ってそう言う天使は、どこか思いつめたような表情をしている。——もしかしたら、今回も狙われたのは彼女が大切にしている土鳩たちの一匹なのかもしれない。そう思うと心臓が痛くて仕方がない。
(一体だれがこんな事……)
しかし、考え込んだところで思い当たる人間などいない。僕はしばらく考えると彼女に問いかけた。
「今日はもう帰りかい?」
「はい。テストも近いですし」
「そうなんだ」
頷く彼女に、僕はうるさくなる心臓を落ち着かせるように何度も頭の中で言葉を反芻する。僕はふぅと息を吐くと、おもむろに彼女に手を差し出した。
「それじゃあ、今日は僕が送って行こう」
「えっ」
「最近、陽が落ちてくるのが早いだろう?」
僕はそれらしい事を告げると、天使を見つめた。困惑している様子にどう丸め込もうかと思考を巡らせる。
(土鳩と仲のいい彼女を襲ってくるかもしれない……なんて言えないしなぁ)
出来れば彼女の不安を煽るような事だけは言いたくない。完全に自身のエゴでもある事を、しかし僕は馬鹿正直に通そうとしていた。ああでもないこうでもないと思考を巡らせる。しかし、結局いい案は思い浮かばず、天使の不審そうな目が僕を射抜く。どうしたものかと冷や汗を浮かべれば、神社へと戻ったはずの朴念仁が戻ってきているのが見えた。内心、どこか気まずい空気が流れるのを感じる。
「おや。こんな時間に来客とは珍しいですね。お参りですか?」
「あ、いえ。そういう訳ではないのですが……」
「そうなんですか? それじゃあ、彼女に用事が?」
返される質問に、僕は曖昧に笑うしか出来ない。“彼女”と言われ、嬉しそうな表情をする天使に僕は居た堪れなさを感じる。
(……仕方ない)