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もちろん、僕を欺くような演技を彼がしていなければの話しだが。
(でも、それならば誰が土鳩を殺害しているんだ……?)
嫉妬でないなら、やはり何かの目的を達するためだろうか。例えば——そう、“呪い”とか。
「……そんなわけないよな」
ははっと軽快に笑みを零すが……それを“無い”と言い切れない現状に僕は俯いた。脳裏を過る妻の言葉が一瞬で重たさを増す。
(……本当にまずかったら、逃げよう)
そうだ。それがいい。僕はそう思う事にすると、いつの間にか辿り着いていた神社へ足早に入って行った。——そこで見えた景色は、いつだったか見た光景にひどく似ていた。

「君は、君である事が一番ですよ」
――そう告げる声は、誰の声だったのか。微笑み頭を撫でる朴念仁と、俯く天使の姿に僕は足を止める。鳥居さえも潜っていない僕は、まるで蚊帳の外であると言われているかのような空気に無理矢理入り込もうとする気は、さらさらなかった。俯く天使は、小さく頷く。その頬が赤く染まっている事に目の前の朴念仁は気づいているのだろうか。
(……そういうことだったのか)
僕は世の中の全てを悟ったような気分になり、そう呟く。目の前で起きている光景は起きてはいけないもので、けれど彼等の馴れ初めを聞くに起きざるを得なかった事だったのだろう。僕は自身の奥底でガラガラと崩れていく“ナニカ”を感じながら、二人の会話が終わるまでその場に立ち尽くした。

 「こんにちは」
「もう“こんばんは”ですよ」
クスクスと笑う天使の顔に、僕は努めて明るく笑みを浮かべる。彼女が上機嫌である理由を知っているからか、その笑顔がどうしても自分に向けられたものだとは思えなかったのだ。土鳩に餌をやりつつ、天使は僕に問いかける。
「お体を壊したと聞きました。大丈夫でしたか?」
「ああ、この通り。ピンピンしてるよ」
「それは良かったです」
穏やかな笑みは、どこまでも綺麗で透き通っているように見える。しかしそれも、平等に注がれるものなのだろう。たった一人を除いて。
僕は痛む心臓を無視しながら、今朝の紙面を思い出す。
「それより、土鳩がまたターゲットになったとか。本当ですか?」
「あ……はい、昨日に」
彼女は顔色を変えると、躊躇いがちに頷く。その様子に話は本当だったのだと理解した。——だが、おかしい。事件があった割に、周囲が静かすぎるのだ。学生である彼女だって、あの時とは違って神社に近づくことが出来ている。