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……確かに彼女はかなりの美人で、年齢と環境さえ違えば口説いていたかもしれない。故に、正直にバツの悪そうな顔をしてしまったのは、仕方がないだろう。ことりと置かれたパスタから芳しい香りが漂い、僕は顔を上げた。黒髪をひとつにまとめた彼の奥さんが、ニコリと細い目で笑む。
「どうぞ。お昼ごはん、食べるでしょう?」
「どうもどうも。ありがとうございます」
「あなたも」
「ああ、ありがとう」
サラダを受け取り、僕は頬を緩める。こうして食事を頂くのはそう珍しい事ではないが、やはり美味しそうな香りに空腹が刺激されてしまうのは仕方がないだろう。そんなことを思っていれば、ちゅう秋は面白がるように声を上げた。
「そうだ、君も聞いてくれないか」
「なんですか?」
「おいやめろって」
「こいつ、美人を見て浮足立っているらしいんだ。美人な奥さんがいるっていうのに、酷いと思わないか?」
「まあ」
ちゅう秋の声に、彼の奥さんは声を上げる。からかうような声に、夫婦になるとそういう所も似るのかと言いたくなってしまう。
「奥さんに告げ口してしまいますよ~」
「いやいや、そんなつもりは」
「ははっ、いやいや、そうだったね。君は何だかんだ言って、一途だもの」
「ふふっ。ええ、そうでしたね」
「おいおい、恥ずかしい事を言うなよ」
「違うのかい?」
「う……その言い方は卑怯じゃないか?」
「字書きが言葉で負けてどうする」
心底楽しそうな声で笑い、こちらを見つめる彼に、僕は肩を落とす。彼のこういったところは、何年経っても慣れない。それに、残念ながら字書きだからといって、口達者なわけではないのだ。
ふるりと首を振って、僕はパスタを口に放り込んだ。

僕は昼食をちゅう秋の家で摂ると、再び調査と言う名の聞き込みに回る事にした。――というのは言い訳で、実際は彼らからの追求から逃れたいだけだったのだが。
しかし、こちらも残念ながら元々聞いていた情報以外、得られたものはなかった。完全に無駄足となってしまった現状に、落胆した僕は今度こそ家へと帰った。
「おかえりなさい、あなた。思ったより早かったんですね」
「ただいま。調査が上手くいかなかったんだ」
「あら、それは残念でしたね」
眉を下げる自身の妻は、僕の手から鞄を受け取ると「お夕食、出来ていますよ」と声を掛けてくれた。