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やっとこさつまみに手を出し始めた僕を横目に、僕から奪った日本酒をちびちび飲み始めるちゅう秋。
「……なあ」
「何だい」
「お前と奥さんの馴れ初めって、どんなのだったんだ?」
「はっ?」
唐突の質問に、ちゅう秋が素っ頓狂な声を上げる。あまりにも驚いたのか、口の端から日本酒を垂れ流す彼をひとしきり笑った僕は、今度は冷ややっこへと箸を伸ばした。豆腐に箸を入れるが、豆腐は掴めず崩れていくばかり。躍起になっていれば、奥さんからスプーンを差し出された。苛立ち始めていたので有難く使わせてもらう事にする。
「それで、どうなんだよ」
「ゴホゴホっ……どうって言われても」
「いいだろ別に。隠すような事じゃないし」
「僕はなぁ」と僕はちゅう秋に妻との馴れ初めを語り始める。呂律が上手く回らないが、それでも僕は喋り続けた。虚しさも悲しさも寂しさも、全てを包み込む様に。そして徐々に薄れていく記憶の中。最後にちゅう秋が奥さんに謝っているのを見て、僕は夢の中へと旅立った。

――翌日の朝は最悪だった。吐き気で起きた僕はアルコール臭の残る口内に顔を顰めつつ、トイレに駆け込んだ。胃の中の全てを吐き出し、アルコールを飛ばすように何度もうがいをする。だが一晩で大量に蓄積されたアルコールは、簡単に抜けるはずもなく。
(飲み過ぎた……)
ぐるぐると回る気持ち悪さに、僕は床に崩れ落ちた。
「……なに、やってるんだ、僕は」
「本当にな」
「……ちゅう秋」
「ほら。酔い止めだよ」
「ああ、ありがとう」
差し出される錠剤を受け取り、水と一緒に飲み込む。胃の中に何かを入れること自体が気持ち悪いが、飲まなければどうにもならいのだから仕方がない。はあっと一息ついて、僕は再び項垂れる。隣に座ったちゅう秋は、廊下だというのに構わず新聞を広げると紙面に視線を滑らせた。静かな時間が過ぎ去っていく。頭の奥がぼんやりとし始めたところで、ちゅう秋が声を掛けて来た。
「帰ったら奥さんに謝っておいた方がいい。病み上がりなのに帰って来ないって心配していたよ」
「……ああ、そうする」
「……本当かねぇ」
(本当に決まってるだろ)
微睡みに包まれながら、そう愚痴る。けれど、それは言葉にならなかった。僕は再び夢の中に落ちる。次に目を覚ましたのは、同日の夜中だった。二日連続で泊まる事になり、罪悪感が込み上げてくるが妻に連絡する気には、何故かなれなかった。