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ピンポーンと軽快な音が部屋の中に響く。次いで出てきたのは、親友の顔。
「はいはい……って君か。どうしたんだい、今日は一段と酷い顔をしているじゃないか」
「いいだろ、別に。それより早く入れてくれ」
開口一番。失礼な事を言う彼に、僕はいつもよりも乱雑に言葉を言い放つ。彼が僅かに体をずらしたのを見て、割り込む様に家の中に入った。持っていた日本酒の一升瓶が壁に当たってガコンと音を立てるが、それすらもどうでもよかった。
後ろから付いてくる親友——ちゅう秋は、僕の様子がおかしい事に気づいているのだろう。しかしそれを隠すことすらも面倒だった。
「君の突然の訪問は珍しくないけど……奥さんに連絡はしたのかい?」
「まだ」
「そうかい。それじゃあ、こっちで連絡しておくよ」
素っ気ない声に呆れる訳でもなく、笑みを返してくれる。それが何ともむず痒くて。すぐにグラスを用意してくれる彼の奥さんに一言礼を言い、僕は酒を煽った。煽って煽って、喉が焼ける感覚に涙が浮かぶのを感じ、また煽る。そんな事を繰り返していれば、視界が揺れ出した。
「ああもう、変な呑み方をするから……って、これ純米酒じゃないか! 君、苦手だろう、日本酒」
「うるせぇ~! いいんだよ今日はぁ!」
「うわっ、もう酔っているじゃないか」
「酔って何が悪い!」
ダンッと一升瓶を床に叩きつけて、再びグラスを煽る。用意されたつまみを食う気にもなれず、僕は空きっ腹に日本酒を注ぎ続けた。
(ああもう、最悪だ)
何もかも。自分のやって来た事、全てが無駄になったようで居た堪れない気持ちになる。こんなの、酒を飲んでやり過ごす以外にどうしたらいいのか、僕には全く見当もつかなかった。
「本当にどうしたんだい」
「別に……どうもしない」
「どうもしない人間はそんな飲み方はしないよ」
溜息を吐く彼は、奥さんに水を頼むと僕の手から一升瓶を取り上げた。既に空になりかけていた瓶は思ったよりも簡単に取られてしまい、酔いで自分の力が弱くなっていた事に今更気が付いた。渡される水を一気に飲んで、僕はちゅう秋の奥さんを見つめる。途端、視界に焼き鳥が割り込んできた。
「人の妻をそんな目で見るんじゃないよ」
「そんな気はないよ」
「どうだか」
一瞬で不機嫌になったちゅう秋に渡された焼き鳥を見つめ、揺れる脳みそでかぶりつく。酒の味が強くて全く味がしないが、腹が減っていたのを体は思い出したかのようにぐぅと音を立てた。