64
――静かに。淡々と。
告げられた言葉に、僕は頭が真っ白になっていくのを感じる。神主の言った言葉が、今更頭を反芻した。
『あの子には、誰にも言えない事があるみたいです』
それこそ、神にも、仏にも。……そう言った神主の言葉を理解することは出来なかったが、今、それを僕は目の当たりにしているのだろう。
(許されない罪でもあるというのか……?)
目の前の天使に。人生を掛けて償わなくてはいけないような罪が。
「私は、この運命を必ず全うします。ですから……すみません」
「……もしかして、アンタも誰かを思っているのか?」
「お好きなように解釈なさってください」
「……そうか」
天使の言葉に立ち上がったプレイボーイは、膝に着いた土埃を手で払うと「わかったよ」と応えた。その言葉に、彼女がほっと息を吐いたのを僕は見逃さなかった。
「また来る。絶対諦めないから」
「えっ」
「それじゃあ」
驚く天使を無視して軽く礼をした彼は、鳥居を潜り神社を後にした。潔いのか、それともただの負けず嫌いなのか。唖然とする彼女を見る。その視線は自分ではない、男に向いていて。
(しかも心は別の男に持って行かれてる……なんて)
――元々、僕に勝ち目なんかなかったんじゃないか。
浮気だのなんだのと悩む必要すら見当たらない。そう言わんばかりに風が吹き、草木を揺らす。……嗚呼、この空気はなんて居心地が悪いのか。
「……変な人」
僕はぽつりと呟かれた彼女の独り言に言葉を返すことは出来なかった。……口を開けば、みっともない姿を見せてしまいそうだったから。