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――棚から牡丹餅。嘘から出た実。怪我の功名。
そんな言葉が脳裏を過っていく。しかも、自身は彼に一度手ひどくやられている。あの凶暴性を見れば、あり得ない話ではない。
「偶然かと思ったのですが、一応念のためお伝えしました。もちろん、彼が犯人である確証はありませんし、そう簡単に関連付けていいものではないとわかっているのですが……」
「いえ。ありがとうございます。貴重な情報です」
僕は懐から情報代として数枚の札を取り出すと、彼のポケットにねじ込んだ。驚く彼に口に人差し指を当てることで黙らせる。神社の神主が情報を提供し金をもらっている等、体裁が立たないだろう。僕は何事も無かったかのように珈琲を飲むと、モンブランのケーキを注文した。彼はぎくしゃくしながらも頭を下げると、厨房の方へと戻って行く。
――さて。有力な情報を掴んだとはいえ、彼の言う通り安直に結び付けていいものではないだろう。
(必要なのは、動機……か)
思い浮かぶと言えば、彼の言っていた“一夜限りの遊び”。けれどそれが叶わないからといって、土鳩に当たるだろうか? 彼女に大切にされているから嫉妬した、という線もなくもないが、やはり動機としては薄い気もする。そもそも、あれだけ自信満々な彼だ。自身に惚れない女が居て癇癪を起すなんて事……ないわけでもない、か。いや、どうなのだろう。自分には持ち合わせない悩みが彼にはあったのかもしれない。しかし、それがわからない限り、僕に出来るのは憶測を飛ばすことくらいだ。
(……一応、自分以上に大切にされている土鳩への嫉妬、というふうに仮定しておくか)
すると、彼の目的は天使を口説き落とすこと。つまり、目的は彼女本人だったという事になる。——本当にそうだろうか? いや、そう思うしか、今は方法がない。けれど……——。
賛否両論。相違する意見が、自分の中を巡る。決めつけて突っ走ってもいいのだろうが、そういう訳にもいかないような気がして仕方がない。僕は運ばれてくるモンブランが来たのすら気づかないまま、思考を巡らせる。しかしその甲斐もなく、僕は仮定を覆すことが出来なかった。とりあえずその可能性があるという事にして、僕は執筆作業を進める事にした。——が、思考が別の事に囚われているのに、別の作業が進むわけもなく。
僕はモンブランに舌鼓を打つと、そのまま喫茶店を後にした。