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「よかった、目が覚めて……」
潤んだ瞳でそう告げる妻。安心して欲しくて笑みを浮かべれば、彼女は一瞬驚いたがすぐにへたくそな笑みを浮かべた。——どうやら僕はプレイボーイにボコボコにされた後、通報によって病院に運ばれたらしい。見送った夫がボロボロの姿で搬送されたなんて、妻からしたら心臓が止まるほどの案件だろう。
(また、心配をかけてしまったな……)
妻の頬に手を伸ばし、優しく撫でる。ぎこちない動きだが、少しでも彼女の心が安らげばいい。なんて思っていれば、扉が開かれた。どうやら医者と看護師が来てしまったようだ。妻から離された手が、力なく布団に落ちる。医者のいくつかの問答に答え、脈などの計測を終えた僕は全治一週間を言い渡された。
「幸い骨は折れていませんでしたが、全身に渡る打ち身が酷いので無理な運動や行動は避けるようにしてくださいね」
「はい」
「二、三日は検査も含め、入院しましょう。骨と内臓に異常がないとはいえ、重症ですし。それに、警察の方もいらしていますので」
「警察?」
医者の言葉に、僕は声を上げた。不思議そうに動かない首を心ばかり傾げれば、医者はカルテに書き込みつつ頷いた。
「はい。暴行事件として、捜査対象だそうです」
「……なるほど」
確かに、道端でボコボコにされた人間が倒れていれば、暴行事件にしか見えないだろう。……実際、間違いではないのだし。
(とはいえ、僕が先に手を出してしまったからな……)
暴行事件で一番悪いのは、先に手を出した人間だ。つまり、僕だ。彼が問われるのは恐らく過剰防衛の方だろう。どちらにせよ、面倒なことになった。自身の職業の事もあるし、もしかしたら新刊を出せるのはもう少し後になるかもしれない。
「では、後ほど警察の方がいらっしゃいますから。それまで安静にしていてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
下げられない頭を僅かに下げ、僕は感謝を述べる。医者は軽く笑みを浮かべると部屋を後にした。シンと静まる室内に、妻の啜り泣く声が聞こえる。再び温もりを感じる手に、僕は僅かに力を込めた。
「……怖かったです」
「……心配させてすまない」
もう二度とないようにすると誓うには、難しい状況に僕はそれ以外を言う事は出来なかった。大きく息を吸い込めば、ツキンと腹と背中が痛む。ゴホゴホと咳き込んでしまったのは、仕方がないだろう。
(深呼吸もまともに出来ないなんて)
弱くなったな。……いや、全身打撲なのだから当然か。