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僕は心底驚いた。あれだけ言ったのに、懲りずにまた来たのか。
つまらなさそうに花を見つめる彼は、しばらくして「フン」と嘲笑うように鼻を鳴らした。
「鳩が一匹死んだくらいでみんなして騒ぎやがって……きっも」
供えられた花をぐしゃりと男の足が踏みつける。——その瞬間、僕は駆け出していた。
「何をしてるッ!」
「あ?」
腹の底から湧き上がる、怒り。その激情に任せるように伸ばした手は、男の胸倉を掴み上げた。
「今すぐ足を退けろ!」
「またおっさんかよ」
「早くしろ! 聞いているのか⁉」
「うっせぇなぁッ!」
グッと掴み上げた手が、プレイボーイの手によって更に掴まれる。ギリギリと嫌な音がするが、負ける気はさらさらなかった。僕は痛みを堪えるように歯を食いしばり、目の前の男を睨みつける。
「お前なんかが踏みつけていいものじゃない! それくらいわかるだろう!」
「チッ。鳩が死んだくらいでギャーギャー騒ぐんじゃねーよ! 奴らが勝手に置いてった花だろ? 俺がどうしようが関係ないだろーが!」
「だからと言って踏みにじっていいわけじゃないだろう!」
「偽善者かよ、きめぇなほんと!」
はっと嘲笑を浮かべると、男は足をぐりぐりと地面に擦るように動かした。黄色い小さな花の花弁が黒く汚れるのを見て、僕は怒りが頂点に達した。
「お前ッ――‼」
気づけば、僕はプレイボーイの頬を殴り飛ばしていた。骨と肉がぶつかる音がし、拳に痛みが走る。しかし、それすらも今の僕には気にならなかった。ドサッと崩れ落ちたプレイボーイを見下げ、解放された花を慎重に拾い上げる。
(——嗚呼、こんなに散り散りになってしまって)
これでは供えた人の気持ちが届かないかもしれない。下唇を噛み、込み上げる悔しさに手が震える。——僕は一部始終を見ていたのだ。止められたはず。込み上げる思いに後悔するが、それは先に立ってくれる事はなかった。僕は花を元の場所に綺麗に戻しながら、男を睨む。
「もしお前が土鳩を殺している犯人なら、直ぐに止めろ」
「……」
「聞いているのか!」
バッと顔を上げ、同時にぐっと胸倉が掴まれる感覚がし、体が強引に引っ張り上げられる。——途端、頬に走った痛みに目を見開いた。
「がっ……!」
「よくも……よくもこの俺の顔を殴ってくれたな!」
「ぐっ! がはっ!」
「許さねぇ! ゆるさねえ!」