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言葉が通じているのか、通じていないのか。首を傾げる土鳩に苦笑いが零れ落ちる。……どうにも動物相手は苦手だ。意思が疎通できている保証がないのが、何よりも違和感を覚える。
(天使はよく世話をしようと思ったなぁ)
ふと、神社で餌をやっているのだと言った天使を思い出す。口元が少し緩んでしまうのは、気のせいだろう。僕は再び歩き出した土鳩の進行を妨げないよう、少し時間を置いて歩き始めた。——にしても。
「よくよく見ると、この辺りは土鳩が多いんだな」
あっちの塀にも、こっちの木にも。日本中の土鳩が集まっているのではないかと思えるほどの数に、僕は目を瞠る。
(何か集まる原因があるのか?)
要因の一つとして、簡単に思いつくものと言えば、餌だろうか。僕は周囲を見回しながら、土鳩の事について調べた文献を思い出す。
土鳩——正式名称、“カワラバト”。種類は鳩と言うだけあり、ハト目ハト科。元々はヨーロッパなどの乾燥した地域にいたらしいが、日本にも普通に生息する鳥だ。元は狩猟対象だったが、第二次世界大戦で伝書鳩が土鳩と間違われて撃たれる事例が発生してからは、狩猟対象から外れたのだとか。好む餌は木の実や穀物、果物等の植物性のものだが、稀に幼虫や虫を食べることもあるらしい。人懐っこく、警戒心が薄い為、ペットとして飼っている人もいるのだという。少し前にブームになったことは、当時ニュースにもなっていたような気がする。
「とはいえ、群れで過ごす鳩を飼おうと思う心境が僕にはわからないがね」
仲間に呼ばれてしまえば飛び出してしまいそうな心配を常に背負っているなんて、僕には絶対に無理だ。犬猫でさえ、先に旅立たれるのが怖くて飼おうとは思えないのに、鳥なんて逃げられたら二度と帰って来なさそうで恐ろしい。
「……ははっ。こんなの、彼女に言ったら怒られそうだ」
土鳩に餌をやり、嫌な顔を一つせず糞尿や羽の清掃をし、世話をしている天使の姿を思い出して僕は笑みを浮かべる。手に入れる喜びと失う悲しみを天秤にかけるのは、馬鹿のする事だろう。わかってはいるのだ。それを“そうだ”と割り切れるかは話が別だけれど。そんな他愛もない事を考えていれば、ふと事件のあった場所に佇む人を見かけ、僕は足を止めた。
明るい髪。整った顔をし、すらりとした背格好で塀に沿って供えられた花を見つめる男。——プレイボーイだ。