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「……知らないと言えたら、どれだけよかったか」
「何だって……?」
「ですが、気軽に話すには私はまだあなたを信じ切れていない。どうか、今日は見逃してください」
ぺこりと下げられた頭に、僕は目を見開く。僅かに見えた、泣きそうな顔に慌てて彼女の腕を離した。
(僕はなんてことを……!)
「す、すまない! 脅えさせるつもりはなかったんだ! ただ……その、さっきの言葉が気になっただけで……」
「わかっています」
そう告げる少女は、どこか緊張した様子で視線を逸らしている。その様子にやはり脅えさせてしまったのではないかという罪悪感が僕の中に込み上げてきた。
(何やってるんだ、僕は……!)
自分よりも年下の、しかも可憐な少女を虐めるような事……妻に知られたら、それこそ叱りを受けてしまう事だろう。もしかしたら晩飯も無くなってしまうかもしれない。どうしたら伝わるだろうかと思考を巡らせ――だが、それよりも早く、少女の足が土を擦った。土が擦れる音がし、僕は顔を上げる。指先を弄りながら言い淀む少女は、先程のような緊張はどこへやら。へらりと笑みを浮かべた彼女は、その美しいかんばせで、こちらを見上げてきた。
「私は近くの神社によく居ます」
「えっ」
「もし良ければ立ち寄って、貴方のお話を聞かせてください」
どこか恥じらうように、しかし小さな声で言い切った少女は、今度は勢いよく頭を下げると走り出してしまった。その後ろ姿を、僕は茫然と見送る。美少女の赤面というのは、とてつもない破壊力があるようだ。
(……顔が熱い)
ここにいたのが、自分一人でよかった。既婚者でありながら小さな少女にときめくだなんて、笑い話にもならない。ドクドクと脈動する心臓を、深呼吸することで落ち着かせる。そして少女の言葉を思い出し、首を傾げた。
「神社……?」
そういえば、この辺りに古びた神社があったような気がする。あまり行くことの無いそこは、神主が一人だけだったと思うが……。
(もしかして、神社で巫女を務めているのか?)
黒い髪を靡かせて去って行く後ろ姿を見つめ、僕は想像を膨らませる。……確かに、似合う。純日本ともいえるその姿は、日本人であれば誰でも好感を持つだろう。
僕は想像を振り払うと、事件現場をカメラに収め、その場を後にした。