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「……でも」
「何よ、何か言いたい事でもあるのかしら?」
形の良い眉を下げ、鬱陶し気に聞いてくる妖女。僕は俯き、天使の顔を思い出した。
(……もし)
もし、僕が彼女とプレイボーイの仲を裂いたとして。僕には彼女に寄り添う事は出来ない。それどころか、隠し事だって溢れるほどあるし、何より絶対に縮まらない年齢差がある。——でも。
「……いや、僕も協力するよ」
「ふふふっ、話の分かる男は大好きよぉ~!」
腕に抱き着いてくる妖女に、僕は小さく微笑む。妖女は客を取り戻したいのだと言っていたが、僕にはどうもそれだけには見えなかった。
(彼の事が好きなんだな……)
店員と客。それがどういう壁を持つ恋なのか、経験のない僕にはわからない。余計なお節介になるだけかもしれないが、その純粋な思いは応援したいと思う。彼等の性格がどうであれ、人を好きになる事は素晴らしい事なのだから。——なんて。
「……僕の素性を知ったら、笑いものだな」
「何か言ったぁ?」
「いいや。何でも」
首を傾げる妖女に、僕は首を横に振る。左手の指輪を隠しながら、僕は彼女を見送る為に駅へと向かった。


 共同戦線を組んだ日から、既に三日が経つ。隣町とはいえ、連絡先すらも知らない僕と妖女が会うことなど無いに等しい事に気づいたのは、つい昨日の事。僕はどうすればいいのかと頭を悩ませた時間が無駄になりそうな気配を濃厚に感じ取ると、脱力感に呑まれるように肩を落とした。
新聞を開き、食い入るように見つめる。朝食の焼き魚の匂いが未だ漂う中、僕は妻に声を掛けた。
「すまないが、茶を一杯くれないか?」
「わかりました」
ひとつ頷き、席を立つ妻。その背中を見送りつつ、僕は新聞へと視線を向ける。しかし意識は未だ妻の背中に向いていて、新聞の上から彼女の所作を一つ一つを追うように視線を動かす。……最近、よく傍にいることが多いように思えるのだが、気のせいだろうか。
「……」
「……」
「そんなに見られても、早くお茶は出来ませんよ」
「っ⁉」
ふふっと笑みを浮かべ、振り返った妻にどきりと心臓が音を立てる。まさか気づかれていたとは。
「ごほんっ。……いや、なに。いつも有難いと思ってね」
「突然なんですか。急に。本当に思っています?」
「思っているに決まってるだろう」
クスクスと笑みを浮かべながら揶揄い混じりに言う妻に、僕は新聞を下げて顔を顰める。