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妻にこの女が接触することはないとは思うが、人の縁と言うのは不思議なもので、どこでどう繋がっているのかわからない。つまり、この女の存在はかなり危険であるということで。僕は一瞬過った思考を振り払うように頭を振ると、妖女に気づかれないよう大きく息を吸い込んだ。……大丈夫。大丈夫。まだ、全てを気づかれたわけではない。それに、物騒な事をしたところで何かが変わるわけじゃない。それどころか、余計悪化するだけだろう。
(落ち着け……落ち着くんだ、僕)
大きく息を吐き、ゆっくりと妖女を見る。彼女は別の事に意識を向けていたのか、僕の考えを読み取ることはなく言葉を続けた。
「ま、あたしには関係ないし、どうでもいいわぁ。でも、お客さんを取られていい気はしないのよねぇ~」
「客?」
「そ。一緒に居たでしょ?」
「あのすっごいかっこいい人!」と言われ、僕はプレイボーイの事かと思い出す。……そういえば、この前も別の女性と一緒に歩いていたような気がする。見かけによらず……というか、見かけ通りと言えばいいのか。彼は夜の世界でもかなりモテているようだ。妖女自身、それを知らないわけでもないだろう。だが、同業者に傾くのと一般人に――しかも年下の学生に傾倒しているのは我慢ならないのだろう。
「君は、彼女が気に入らないんだね」
「当たり前よ。単に顔がいいだけでちやほやされて……調子乗らないで欲しいわ」
唇を尖らせて、そうごちる彼女は、どこからどう見ても“一人の女性”にしか見えず――。
(そうしていた方が、よっぽど可愛らしいと思うんだがなぁ)
造られた美しさよりも等身大の美しさの方が、自分は好みだと言いかけて、やめる。嫉妬を露わにするほどプライドを持って仕事をしている彼女にとって、それは侮辱になりかねないと思ったからだ。
「だからね。アンタとはいい関係になれそうだと、そう思わない?」
「……というと?」
「うふふっ。お子ちゃまじゃあるまいし、わかるでしょぉ? あたしの、言・い・た・い・こ・とっ」
甘い囁きを口にする彼女に、僕は顔を顰めた。——わからないわけがない。しかし、それを大っぴらに言う度胸は今のところ持ち合わせていなかった。そんな僕の心境を悟ったのか、妖女はあからさまにため息を吐くと「男なんだからシャキッとしなさいよねぇ」と愚痴た。
(そんな事を言われても)
そう思うが、彼女の言う事も一理ある。僕は言葉を詰まらせると、言い返しかけた言葉を飲み込んだ。
「あの子と彼を、引き離すのよ」