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兼業を初めてからというもの、中々来る機会がなかったそこは、知らないうちにかなり様相が変わっていたらしい。
一本しかやっていなかった作品数も、今では二、三本に増えており、中で飲食もできるようになっているようだ。僕はチケット売り場に向かい、受付嬢からチケットを二枚購入すると一枚を妖女に差し出した。中に入れば、丁度よく映像が終わったらしい。何人かが出ていくのと入れ替わるように僕達は席に着いた。少しすればまた映像が映し出されることだろう。売り子から二人分の飲み物とアイスを買うと、彼女にそれを手渡した。
――映画はそこそこ面白かった、と思う。以前のように盛り上がるところで歓声が上がるのは変わらなかったが、その内容はなかなかに面白いと思わせてくれるものだった。特に女優の演技が以前よりも格段によくなっている。思わず引き込まれそうになった。時折妖女が手を繋いで来たり、指先で僕にちょっかいをかけたりしてきた事もあったが、反応さえしなければ諦めてくれる。そんなことを繰り返していれば、いつの間にか上映時間は終わりを告げていたのだ。
「もぉ~、全然振り向いてくれないんだからぁ」
「僕には心に決めた伴侶がいるからね。君の誘惑に乗る訳にはいかないんだよ」
「へぇ~?」
意味深に……しかしどこか不機嫌そうな声をした妖女は、僕を疑わしげに見上げた。メイクで大きく上げられたまつ毛が瞳を大きく見せ、僕を見つめる。ドキリと音を立てたのは、心臓か、それとも。
「あの子ならいいんだ?」
「……」
「アイツもご執心だものねぇ~」
つまらなさそうに呟きながら、僕の肩に頭を乗せる妖女。僕は冷や汗が流れるのを遠くで感じた。
(……何故、この女が彼女のことを)
「あんなガキのどこがいいのかしら。やっぱり顔? スタイル? それとも、高校生ってブランドかしら」
「別に、僕はそういう意味合いは」
「嘘つきはかっこ悪いわよぉ?」
にやりと紅の引かれた唇が弧を描く。今までは潜められていた大人の色気がチラつく。しかし、追い詰められた今の僕には意地の悪い妖怪に迫られているようにしか思えなかった。
(どうする。どうする……)