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僕の言葉に、嬉しそうに桜色の唇でゆるりと弧を描く天使。その姿に僕は今度こそ完全に目を奪われてしまった。ひらりと白い頬に落ちるひと房の髪に、視線が釘付けになる。耳に掛けられた髪の毛が冷房の風に僅かに揺れた。まるで絵画のようなワンシーンは、向けられる視線と声によって現実へと引き戻される。
「……私、中学生の頃に初めてあの神社に行ったんです」
「おや。そうだったのかい?」
「はい。中学に入って早々、トラブルに巻き込まれてしまって」
憂うような視線が下げられる。それすらもまるで一つの絵画でもあるかのようで。再び見惚れてしまいそうになるのを、必死に視線を逸らして回避した。
「その時、あの子たちに救われたんです」
「それじゃあ、旧知の友人って感じなのかな」
「ふふっ。はい。あの子たちはみんな、私の友達です」
「それはいい事だね」
ふふっと自然と笑みが浮かぶ。鳩が友人なんて、やっぱり可愛らしいじゃないか。
(……って、そうじゃない)
隙を見ては浮き上がってくる本心を、ぎゅっと奥底へと押し込める。すると、丁度よく珈琲が運ばれてきた。僕はすぐにそれに手を付け、一口飲む。酸味の強い香りが鼻を抜けていくのを感じ、少しだけ頭が落ち着いたような気がした。二口目を流し込み、今度はしっかりとその上品な舌触りに舌鼓を打つ。
「それじゃあ、今度は僕が知っている事を教えようか」
「お、お願いしますっ」
慌てて頭を下げた彼女に、僕は苦笑を浮かべる。「とは言っても、全部調べればわかることばかりだけれどね」と告げれば、彼女はハッとしたように顔を上げ、不安そうに顔を歪めた。……やはり自分では役者不足だっただろうか。何だか申し訳なくなってくるが、口を零す前に彼女が徐ろに視線を下げた。
「そうなんですね……すみません。そんなことにお手間を取らせてしまって……皆自分で調べているのに、なんか私、ズルしてるみたいですね……」
「ええっ!? いやいや! そんなことは……!」
俯き、申し訳なさそうに話す天使に僕は慌てて手を振る。——その考え方は予想外だった。てっきり、調べられるなら聞かなくてもよかったとでも言われるかと思っていたのに。思ったよりも自己肯定感の低い彼女の言葉に、僕は必死に言い訳を考える。
「……僕は、自分で情報を集めようとしているということ自体に意味があると思うよ」
出たのは、ありきたりな言葉だった。