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「すみません。食材が思ったより無くなっていたみたいで……買い物に行かないと」
そう告げる彼女の後ろから、冷蔵庫の中身を盗み見る。……確かに、空っぽだ。僕が急に休んでしまったこともあって、食品の消費タイミングがズレてしまったのだろう。そういえば、夜食としてチーズを拝借したこともあったな。
「……よし。それなら、僕が行こう」
「えっ、で、でもあなた病み上がりですし……」
「大丈夫だよ。僕も男だ。こう見えても意外と丈夫なことは、君が一番知っているだろう?」
焦る彼女に茶化すような口振りで声をかければ、彼女は少し考えた後小さく笑って頷いた。
「ふふっ、では、お願いします」
「もちろんさ」
妻に書いてもらったメモを受け取り、僕は久しぶりに外へと繰り出した。久々に出た外は明るく、風が吹いていて心地がいい。
「やっぱり、人間光合成は必要だな……」
やはりいくら休んですっきりしたと言っても、外に出た時の爽快感とはまた違う。スーパーへの道のりを歩きながら、僕は何度も深呼吸を繰り返す。何だか自分が新しい人間になったかのようで、少しだけ気分がいい。
「あっ」
ふと、見えた公園のブランコに僕は足を止める。……そういえば、此処はスーパーへの道なりにあったものだったか。あれから一か月も経っていないのに貼ってあったKEEP OUTのテープはなくなり、一緒にブランコも消滅している。恐らく近隣住民の希望で撤去されたのだろう。子供でない自分ですら、あのブランコに乗りたいとは思えない。
「……」
(……ここで、彼女と出会ったんだった)
艶のある黒髪、白い肌。真っすぐな瞳は純粋な色で、見る者すべてを引き寄せていく。そんな魔法みたいな存在である彼女は、土鳩を愛し、土鳩に愛されている。否……土鳩だけではない。神社へと向かえば、いろいろな人に愛されているのを目の当たりにさせられてしまったのを思い出し、頭を振った。僕はゆっくりと踵を返す。
(……やっぱり、僕には高嶺の花のような存在だったんだ)
彼女と友人として付き合うことが出来るまで、僕は彼女に会う事はやめにしよう。そう決意した僕は、買い出しのメモを再度握り直すと神社への道とは逆へと進み始めた。

――そう。だから、“彼女”と出会ったのは不可抗力だったのだ。
「あっ」
「どうも、こんにちは」
突き当りでばったり。なんて、どこぞの漫画のような展開に僕は内心、頭を抱えた。