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(そうだ、彼女は未だ守られるべき存在……未成年なのだ)
そんな彼女に邪な気持ちを抱くことの、何と馬鹿馬鹿しい事か。僕は自己嫌悪に溺れそうになる意識を、必死に引き上げる。
「これからも、どうかあの子をよろしくお願いいたします」
そんな僕の心情も知らずゆったりと、綺麗な所作で頭を下げる彼に、僕はもう……どう返事をしたらいいかも分からなくなっていた。心がギュッと掴まれる感覚に、俯く。
(……僕は、何をしていたんだろう)
現実を突きつけられ、僕は自分がどれだけ浅はかだったのかを噛み締めることになった。
(そもそも、僕には素敵な伴侶がいて、守るべき人がいるんだ……)
何を浮き足立っていた。何を期待していた。高校生という、未だ“子供”である彼女に――僕は何を。
気を取り直し、進んでいく取材。しかし、その傍らで僕は自分を責め続けることしか出来なかった。取材を終えた時には、既に外は土砂降りになっていた。朴念仁に見送られた僕は、来る時とは違い天に向かって傘をさすことも無く、雨に濡れる街を一人で歩く。取材の時の記憶は、ほとんどと言っていいほど、残っていなかった。

あれから一週間。僕は随分とスッキリとした体を抱え、取材したものを文へとまとめ上げていた。
……あの日。雨に打たれながら帰ってきた僕は、頭の先からつま先、更には下着までがびしょびしょに濡れてしまっていた。まるで濡れ鼠を体現したかのような状態に、妻が悲鳴をあげたのも無理はないだろう。
急いで温かい湯に浸かり、温かい飲み物を飲んだが手遅れだったらしい僕は、翌日見事に風邪をひいてしまった。考える事も出来ないまま、高熱に魘されること二日。体調と相談しながらインタビューを纏めるのに三日。大事をとって休むことにした一日。そして本日、やっと訪れた快調に、僕は立て込んでいた締め切りを消化してしまうべく動き出していた。
……その間、彼女のことは意図的に忘れるようにしていたし、妻にいつもは恥ずかしくて言えない感謝の言葉を幾つもかけた。恥ずかしがりながらも、好意を受け取った彼女は嬉しそうで。
(やっぱり、僕には妻が必要だ)
そう再認識するのに、時間はかからなかった。
「あっ、大変っ」
「おや。どうしたんだ?」
キッチンから聞こえた声に、僕は訪ね返しながら腰を上げる。冷蔵庫を覗き見ていた妻の元へと向かえば、妻は申し訳なさそうに眉を下げた。