19
いつもなら適当にリビングに放って自室へと戻ってしまうし、何なら「気をつけて」なんて気遣いの言葉を掛けてくる事もない。
(何かあったのか?)
自分の知らないうちに、何か、自分に関係のあるようなことが。
「……考えすぎか」
彼の事だ。どうせ気分が向いたとかそういう話だろう。考えたところで気まぐれな彼の心情を悟るのは、無理にも近い話だ。それより、さっさと帰らなければ。妻が心配しているかもしれない。そう思うと足が逸る気がした。

「ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
玄関を開けるのと同時に、パタパタと駆け寄って来てくれた妻の姿にほっと胸を撫で下ろす。そして、頭を下げた。
「昨日はすまなかった。急に泊りだなんて……夕食を準備してくれていただろう?」
「ええ、まあ。でも、私が昨晩と朝に頂いてしまいましたから、無駄にはなっていませんよ」
「そうなのかい? それは……本当に悪い事をしてしまったね」
「ふふっ、冗談です。気にしないでくださいな」
「昼食、作ってありますから」といって微笑む彼女に、瞬きを繰り返す。いつもよりとげとげしかった言葉は、どうやら彼女のちょっとした仕返しだったらしい。僕はその事に安堵しつつも、昨夜忘れたはずの罪悪感が再び込み上げてくるのを感じた。
申し訳ないともう一度謝罪をして、家に上がる。掃除をしていたのだろう。掃除機が置いてあるのを見て、僕は彼女に声を掛けるとそれを片づけた。罪滅ぼしにも成らないだろうが、少しでも彼女の助けになれればと思ったのだ。ふと、リビングに戻ってくればテレビの音が聞こえてきた。ニュースでも読み上げているのだろう。無機質な声に視線は自然と引かれる。
(そういえば、あれから土鳩の殺害ニュースは見ていなかったな)
遂に犯人も飽きたのか、それとも世間が飽きたのか。最近のニュースでも新聞でも取り上げられない話題は、次第に犯人像へと視点が移っていた。――曰く、精神の未成熟な少年少女が犯人だとか、曰く病んだ者が復讐を果たすように続けているだとか。ひどい噂であれば、犯人はマッドサイエンティストだとか言う者もいる。見て、考える人の数だけ憶測が飛び交っては、手掛かりの一つも掴めていない状況に地団駄を踏んでいるばかりだ。警察もアテにならないなと思いつつ、僕は今後のスケジュールに想いを馳せた。
「今日は警察に聞き込みに行ってみるか」