18
顔を明るくした僕に気が付いたのか、ちゅう秋は満足げに微笑むと湯呑をゆっくりと置いた。その仕草は、まるで小説に出てくる探偵のようで。
「また会った時にでも、聞いてみるといい」
「……そうするよ」
僕は頷く他、無かった。
「それより、私の最愛の妻が用意した茶請けをひっくり返すとは。君にはマナー講座を開いた方がよさそうかい?」
「す、すまない! 今すぐ片づける」
「ははっ、冗談だよ」
軽く笑みを浮かべる彼に、僕はハッとして苦笑いを返した。心に蟠っていた突っかかりは、いつの間にか消え去っていた。
その後、他愛もない話をした僕たちは、話し込んだ挙句、酒盛りまで始めてしまった。心配した妻からの電話に謝罪と今日はちゅう秋の家に泊まる事を伝えた時は罪悪感でいっぱいだったが、それも夜が更けていく毎に薄れていく。僕は久しぶりに楽しい時間を過ごし、眠りについた。

「おい、おい。起きろ」
「んん……。ちゅう秋か。どうして君がここに……?」
「昨日家に泊まったんだろう。もう昼過ぎだよ」
「昼……あっ!」
バッと勢いよく起き上がった僕は、そのままの勢いで時計を探す。見かけた時計は既に十二時半を指しており、外の陽は高く上りきっていた。昨日、妻に告げたのは『昼前には帰る』という旨。つまり、寝過ごした。
慌てて起き上がり、僕はその勢いで帰り支度を始める。その様子をちゅう秋は茶を啜りながら傍観していた。
「帰るのかい?」
「もちろん。妻には昼前に帰ると伝えていたんだ」
「おや。それは大変だ」
「そう言うのなら、声くらい焦った様子を取り繕ってくれよ」
優雅に珈琲を啜る彼を軽く睨めば、ちゅう秋は「自分も今さっき起きたばかりなんだ」と苦笑いを零した。……まあ、元は飲み過ぎてしまった自分が悪いのだけれど。
「それなら、君の昼飯は要らなさそうだね」
「ああ。何から何まですまないね」
奥さんにも伝えておいてくれと言葉を続け、僕は持って来た荷物を肩に掛けて勝手知ったる家の玄関へと急いだ。
「気にすることはない。それより、道中気を付けて」
「? ああ」
湯呑を置いた彼は玄関へと向かう僕を追いかけてくると、珍しく僕を玄関まで見送ってくれた。玄関先でひらりと振られる手の、何と不吉な事か。
(急にどうしたんだ?)
友人のらしくない反応に、訝し気に眉を寄せる。……わざわざ見送られるなんて、何時ぶりだろうか。