17
僕はぐるぐると回る思考で必死に考える。ひっくり返ってしまった茶請けを戻しつつ、思考を巡らせるがいい言葉は思い浮かばなかった。僅かに手が震えるのに気づいて、拳を握り締めた。
(どうして、と言われても……)
「……彼女の、仕事の邪魔になるだろう」
捻りだした言い訳は、まるで子供のようだった。
「ふむ。そうか。確かにそれはいけないね」
「だ、だろう? だから、会いに行くのは」
そう言いかけて、言葉が止まる。取材をしに行くという大義名分があるものの、昨日今日と自分が彼女の仕事中に会いに行ってしまったのは確かだ。
(……僕が言う資格はないのかもしれない)
「……そうか。だが、その男とやらは良いのに、私は駄目なのは気に入らないな」
「そ、そりゃあ、彼は彼女の……彼氏だからね。そもそも立ち場が違うだろう」
「そうだったのかい?」
僕の言葉に、驚いたような素っ頓狂な声が聞こえる。僕はちゅう秋を見て、目を細めた。
「……何が言いたい?」
「彼女がそいつを彼氏だと、君に紹介したのか?」
茶請けに添えられていたピックを僕に突き付けながら、彼は笑う。まるで、『君は勘違いしている』とでも言いたげで。僕はまさかと目を見開いた。
「彼が、彼女のパートナーではないと?」
「その可能性も十分にあるんじゃないか? どうせ君の事だ。彼女がそいつと話しているのを見ただけで付き合っていると勘違いしたのだろう?」
「そ、それはそう……かもしれないが……で、でも彼女は、彼と話ながら顔を赤く染めていたんだ。恋人、もしくは想いを寄せている人じゃなきゃそんな顔はしないだろう」
「その決めつけるような言い分はよくないぞ」
ずずっと茶を飲んだちゅう秋の鋭い視線が僕を貫く。嫌な感覚が、心臓を貫いた。
「夕方なんだから顔色もよく見えるだろうよ」
「……それは」
「人間は君が思っているより複雑で単純なんだ。——なあ、彼女のその反応は、本当に彼女の想いとリンクしていたのか? 君の思い違い、もしくは勘違いという可能性はないのかい?」
そう続ける彼に、僕は息を飲んだ。……そんな可能性、考えていなかった。
もし、彼の言ったことが本当ならば、自分はただ勘違いして飛んで帰って来てしまっただけになる。それはそれで恥ずかしい気もするが、あの場ではそうするしかなかったとも思える。——何が正解かなんて、彼女に聞かないとわからないことだ。
(……簡単なことじゃないか)