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言葉を返しては、返される。小さな子供の言い合いのような状況に、どちらともなく笑いが込み上げてくる。彼といると、まるで童心に戻った気持ちになる。悪い事ではないのだろうけれど、やはりいい歳した大人がと少しばかり気恥ずかしくもなる。
「それで。例の美少女に彼氏でもいたのか? それとも、告白して彼女に振られでもしたかい?」
「な、何故彼女が出てくるんだ」
「君が最近気にかけている事と言ったら、それくらいだろう」
そこまでバレていた事に、途端に気まずい気分になる。……彼はどこまで自分を知り尽くしているのか。それとも、本当に彼の言う通り、自分がわかりやすいだけなのか。
「いいじゃないか。君には美しく気立ての良い嫁さんがいるだろう?」
「も、もちろん、そういった気持ちはないさ! ただ……知り合った矢先にそういった姿を見てしまったから、少々気まずくてね……」
「ほう?」
「……なんだい、その顔は」
「いや、なんでもないよ。そういう事にしておこうか」
意味深な笑みを浮かべながらふるりと首を振った彼に、気まずさは先程よりも大きく膨らむ。
(そりゃあ、あんな美人な子がいたら、誰だってドキドキしてしまうだろうさ)
そう、それだけだ。ただ――それだけ。
僕は自身に言い聞かせるように、何度も反芻する。ずずずと湯呑みを傾け茶を飲めば、息苦しさが僅かに緩んだ気がした。わらび餅に黒蜜をかけ、一つばかり口に放る。ほんのりと広がる甘みが、いつの間にか早くなっていた自分の鼓動を落ち着けていってくれるような気がした。
――しかし、そんな想いも裏腹に、ちゅう秋は笑う。
「君にそれだけ想われるんだ。彼女は素敵な人なのだろうな」
「想ってなんか! ……でも、彼女が素敵な事は否定しないよ」
咄嗟に声を上げ否定するものの、脳裏を過る天使の姿に彼女自身を称賛する言葉を撤回する気にはなれなかった。「……そうかい」とちゅう秋が頷いた。
「君がそんなに言うなら、私も見てみたいものだがね」
「それは困る!」
彼の軽快な声に、僕は咄嗟に声を荒げる。ガタンッと激しい音がし、茶請けがひっくり返った。あっと気づいた時には、もう遅い。ニヤニヤと笑みを浮かべるちゅう秋に、居心地悪く腰を戻す。……やってしまった。そう思わずにはいられない。
「おや、どうしてだい?」
「あ、ああ、いや……いや、うん」