15
「少し待っていてくれ。茶と茶請けを持って来るよ」
「ああいや、お構いなく」
「そうはいかんさ。親しき中にも礼儀ありと言うだろう」
笑った彼はキッチンへと出る扉を開けた。隙間から流れ込んでくる匂いは、夕食だろうか。トマトの良い香りがする。
「今日の夕飯はパスタかミネストローネと言ったところか」
(相変わらず、食事は洋風なんだな)
和風と洋風がどこかちぐはぐな、しかし違和感のない彼等の生活に僅かに羨望が過る。使おうと思っても、中々洋風の物は高価で入手が難しいのだ。それをいくつも持っているというだけで、彼らの生活基準が高いのが分かるだろう。
僅かに沈み込んでいく思考に気づき、僕は手持無沙汰に外を眺めた。茜色の空を見て思い浮かぶのは、ついさっき盗み見てしまった光景で。
(……僕には関係ないだろう)
天使が誰に口説かれていようとも、彼女が何をしていても。たまたま出会っただけの僕には、関係がないはずだ。……そう。そのはずで。
「わかってはいるのだけどなぁ……」
はあっとため息を吐き、項垂れる。頭の中がごちゃ混ぜになって、自分の感情すら見えなくなってくる。……一体どうしたというのか。
「君がため息をつくなんて、珍しいじゃないか」
ふと聞こえた声に顔を上げる。盆を持ったちゅう秋と視線が合って、僕は不機嫌を隠すことなく眉を顰めた。
「何か悩み事かい?」
「盗み聞きとはいい趣味じゃないか」
「人の家で秘密ごとを漏らしている方が悪い」
「それもそうだ」
はあともう一つため息を零し、笑みを浮かべる。さっきよりもどこか軽くなった心は、気のせいだろう。
くつくつと笑うちゅう秋は盆から湯呑を下ろすと、茶請けを置いた。きな粉のかかった透明な丸い菓子は、水わらび餅か。傍らに黒蜜が置かれ、甘いものが好きな僕はそれを喜んで受け取った。
「それで。どうしてそんなに落ち込んでいるんだ?」
「えっ」
「私が気づかないとでも思ったのか?」
笑みを浮かべ、茶を啜る彼に僕は目を見開いた。
「……本当に、君に隠し事は出来ないみたいだ」
「君がわかりやすいだけさ」
「そんな事はないだろう」
「いやいや」
「いやいや」
「……」
「……ははっ! 何をしているんだろうな」
「本当にな」