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撮影には必ずいるはずのメイク担当も、監督らしき人間も見えない。それどころか、通行が規制されている様子もないのだ。……どうやら芸能人というにはまだアマチュアなのかもしれない。それとも単なる一般人か。どちらにせよ、特別な時間ではないらしい。彼の周囲にいる黄色い声を上げる奥様方に眉を顰め、僕は周囲を観察することにした。
(撮影でもないなら、普通にお参りに来ただけなのか?)
それにしては進む様子も戻る様子もないが。
「――!」
「――」
「……誰かと話しているのか?」
遠目からではすぐにはわからなかったが、彼の口が断続的に開閉している。僕は止めていた足を再び動かして、様子を伺う事にした。
角度を変えて見えてくる状況に、僕は眉間に皺が寄っていくのを感じる。
「――じゃないか、少しくらい」
「すみません。そういうのはちょっと」
「そんな真面目なところも可愛いね」
徐々に聞こえてくる声と見える光景に、僕はついに足を止めた。……見たところ、どうやら件の少女が、青年に口説かれているようだ。にっこりと笑う青年に、少女――天使は困ったように笑う。だが、少しばかり頬が染まっているようにも見えるのは、僕の気のせいだろうか。
(まさかこんなところに遭遇してしまうなんて)
美男美女でかなり見栄えがしている二人は、まるで小説の一節やドラマの一シーンから出てきたかのようだ。綺麗、と言うには少しセンシティブな空気を感じ、思わず視線を逸らしてしまう。あまりの輝きに視線を外さざるを得なかった、というべきかもしれない。
(……お似合いって、こういう事を言うのだろうな)
僕は二人のお邪魔をしてはいけないと思い、踵を返した。取材をしたかったが、残念だ。ペンとノートの入ったカバンをひと撫でし、首元を緩める。どこか息苦しく感じるのは、きっと普段運動しない反動だろう。
「……ちゅう秋のところにでもお邪魔になるか」
僕は急遽開いてしまったスケジュールを埋める為、友人の元へと足を進めた。

ドアチャイムを鳴らして、ドアが開くのを待つ。歩いている最中に込み上げてきた汗を拭い、空を見上げる。まだ明るい空には大きな雲があちこちに浮かんでいる。近々雨でも降りそうだ。
「やあ。珍しいじゃないか、こんな時間に」
ガチャリと軽快な音がし、扉が開く。中から出てきたのはスーツ姿のちゅう秋だった。