10
どう声を掛ければいいのかと悩んでいれば、ふと目の前に茶碗が差し出された。僕は勢いよく起き上がると、零れる前にと茶碗を受け取った。そこに盛られていたのは、生の玄米。
「これは?」
「鳩たちのご飯です」
(ほう、これが……)
じっと玄米を見ていれば、天使がくすりと笑って「食べちゃだめですよ?」と告げる。それに慌てて首を振れば、「冗談です」と笑われた。
「年上を揶揄うんじゃないよ」
「すみません、つい」
くすくすと楽しそうに笑う彼女に、僕は毒気が抜かれてしまう。可愛らしい悪戯は、僕にとってはちょっとした刺激でしかない。つまり、怒るほどの事でもない。
「それじゃあ、お詫びに鳩達にご飯あげてみませんか?」
「えっ。いいのかい?」
「はい。とはいっても、そんなに面白いものでもないですけど」
「いやいや、そんなことは」
謙遜する言葉に否定を重ねる。玄米をからりと茶碗で転がし、僕は笑む。
「ぜひ見学させてくださいな」
そう告げれば、天使は嬉しそうに顔を綻ばせた。僕は写真を撮る機会もあるかと荷物からカメラを取り出すと木の根元に置き、茶碗を持ち直す。土鳩が向かってくるのを待ち構えるように空を見上げる。
「とはいっても、見られるのは夕方からなんですけどね」
「そ、そうなのかい⁉」
「はい」
クスクスと聞こえる微かな笑い声に、羞恥で顔が熱くなってくる。さっきといい今といい、どうやら彼女は美貌だけではなく、お茶目さも揃えているようだ。片手で頭を押さえ、息を吐く。
(してやられたなぁ)
そう思うのに、何故か嫌な気分にはならないのだから不思議だ。
「うーん……流石に時間が空いてしまうなぁ」
「そうですね」
(どうしたものか……)
唸り、思考をめぐらせる。このままここで天使と話していてもいいのだが、さすがに彼女の仕事の邪魔になってしまうだろう。大人として、それはいけない。
「それじゃあ、僕はここで待っているよ。君は仕事に戻りなさい」
「えっ」
驚いたように声を上げる天使。僕の顔を真っすぐ見つめた彼女は、少し考えるような素振りをしたかと思うと僕をじっと見つめた。思いのほか熱烈な視線に居心地が悪くなる。——しかし、かけられた言葉に、僕はその熱が増すことになった。
「私、巫女さんじゃないですよ」
「……え?」
「私の通っている学校、バイト禁止ですもん」
そう告げる彼女に、僕はもう顔を上げることが出来なかった。
(勘違いしていたのか僕は……っ!)