9
鞄から魔法瓶を取り出し、乾いた喉へと流し込む。隣で少女も自身の鞄から取り出した魔法瓶を煽っていた。もし持っていないのなら分けてあげようと思っていたが、その必要はなさそうだ。
「また、取材ですか?」
「おや。よく気が付いたね」
「女の勘です」
ふふと笑う天使を、改めて見つめる。美しく、可愛らしい容姿に思わず目が釘付けになる。桜色の唇が可愛らしい魔法瓶から外されるのを見て、ドクリと心臓が高鳴る。……意識してしまうのは、男の性か。それとも全人類に共通するものなのか。そんなどうでもいい事を考え、僕は視線を無理矢理外すと少し汚れた指先を見つめる。こんなにしっかりと掃除をしたのは、何時ぶりだったか。どっと襲い来る疲労に、重い息を吐く。
(これでは取材どころじゃないな……)
確かに彼女の言う通り取材に来たのだが、思わぬ労働に僕は疲れその気力を失ってしまっていた。少女にそう告げれば、くすりと笑みを浮かべられた。
「ふふっ。思ったより自由な人なのね」
「そうかい?」
「そういうとこ、嫌いじゃないかも」
くすくすと、どこか上機嫌に笑う少女は再び空を見上げる。釣られるように上を見れば、木漏れ日を作る木々の奥に見える空。清々しいそれは、どこまでも広がっているように見えた。少女が口を開く。
「土鳩を世話しているのは、私なんです」
「そうなのかい?」
「ええ。ここの神主さんに許可を頂いて、毎日餌やりと掃除をしているんです」
「へえ」
意外な事実に、僕は感嘆の声を零す。まさかこの少女が土鳩の保護紛いの事をしているなんて、思わなかった。
(けど、野鳥への勝手な餌やりは禁止されているはずだけれど……)
特に、今話題になっている土鳩への接触は以前よりも更に強く規制が敷かれているはず。……なんて言ったところで、僕には彼女の行為を誰かに告げ口する気もないのだけれど。
「それじゃあ、今日のところは取材はお休みとしよう」
「えっ。いいんですか?」
「君と土鳩の憩いの時間を邪魔するわけにはいかないからね」
「そう、ですか」
そう言って視線を下げる天使。俯いた彼女の表情は見えず何を思っているのかよくわからないが、嫌そうな雰囲気は感じないので大丈夫だろう。
(今時の子は何を思うんだろうか)
少しばかり気になってそんな事を考えたのは、自分だけの秘密だ。流れる沈黙に、僕は徐々に居心地が悪くなり、話題を探すように思考を巡らせた。……確かに自身は記者ではあるものの、本業は期日に追われる小説家。そんな、ほとんど家に籠っているような男に、少女のような若い子の流行りがわかるわけもない。小説のターゲット層ですらないのだから、仕方ないだろう。……そう思いたい。