真剣と模造刀を腰の辺りに縛りつけ、あてもなく近所を歩いた。あの家にはもういられない。父の遺してくれたものを消費するばかりで生まれるものがなく、とてもやっていけない。

 いっそ住み込みで働かせてくれるところがあれば、と、底に沈んででもいるように、私はぼんやりと川を眺めた。

 「君」と声をかけられ、振り返ると「おや、人間だったか」と相手はいった。年の頃は蓮田屋の旦那さんと変わらないように見える。

頭髪は白いものが混じっているというより、白いところに黒いものが混じっているような具合で、顔立ちは整っているものの、暗い灰色の着物に包まれた体は随分痩せているように見える。

 「なにをしているんだい」

 「川を、見ておりました」

 男性は「ほう」とのんびりした声を発した。「なにか見えるかい」

 「いいえ、なにも」答えなど、初めからここに落ちているわけではないのだ。知りながら眺めていた。

 男性は私の隣について、川を覗き込むようにした。「仲間にこの川は綺麗だと聞いていたのだが、なるほど、綺麗だね。この先に空が続いているようだ」

 見れば、確かにみのもにうっすらと空が輝いている。

 「お侍さんかな」といわれて、どきりとする。向き合って「違います」と答えた声はちょっと鋭くなった。「これは失敬」と男性は穏やかにいう。

 短く迷ってから息を吸い込み、「なにか御用ですか」と吐き出した。

 「僕は寺と宿をやっていてね」と男性はのんびりという。

 大きな宿は寺院と一緒に営まれることが多い。反対に、大きな寺院が宿も営むことも多い。宿に限らず、食事処や茶店も寺院と一緒というところもある。ただ割合としては、寺院と宿というのが最も多いように感じる。

 「よかったら、うちにきてくれないかな」

 「働かせて、戴けるのですか」

 男性はゆったりと頷く。「そうしてくれたら嬉しい」

 「ですが、寺院も営んでおられると」

 様々な商いが寺院と共にされるのは、寺院で鎮めた御霊に別の商いの方で働いてもらうためだと聞いたことがある。御霊はそれを望んでいるのだろうかと不安になったのを憶えている。

 「賑やかなところだよ。けれども、君からはどこか、淋しい気配がしたんだ。それと向き合う場所が必要なら、うちへくればいい」

 自分にあるものを考える。父の刀と、模造刀。一着の着物と一足の下駄、僅かなお金。とても、生きてはいけない。仕事も、住む場所もない。

 私は深く、頭を下げた。滲んだ雑草に脣を嚙む。

 父上、母上。私はもう少し、こちらにおります。

 あわよくば、二人の名を残せますゆえ。