それから七年後だった。艶めいた秋風に、父が散った。私はその瞬間を知らない。父がどのように戦い、どのように散ったか、なに一つ見ていない。

 父はとうとう、私に刀を握らせなかった。「お前が待っていてくれるから戦える」といって、刀を私から遠ざけた。

 師範のもとで木刀を振るたび、腕が太くなった。「父上、私もいよいよ戦えますか」といったとき、父は「お前の命は捨ててはならん」といった。

では父の命はなんなのであろうか。私の命とはなにが違うのであろうか。考えども考えどもわかりはしなかった。

 その上で、父は私に見合いを勧めた。私の意識を刀や戦から逸らすように、婿や結婚の話をした。恋をしようとも、誰かを愛せども、私は父との戦いから意識を逸らさない自信があった。

戦を、師範のいうところの悪霊を絶つことは、母の件で降り積もって溶けない憎しみに向き合うことでもあった。私はもしかしたら、父よりも戦に悪霊に執着しているかもしれないとさえ思った。

悪霊を、戦の種を、私はどこまでも追いかけ、斬る。そのために負った傷なら愛おしくさえ思えるだろう。この痛みと引き換えに絶った憎い存在がある。それはきっと誇りと呼ぶものなのだろう。

 ある日、「家を残してくれ」といわれた。そのときにようやく、父の胸中がわかったような気がした。岸尾。母の受け取った父の名を残さねばならない。そのために、命を捨ててはならない。父は世を、私は家を、守るのだ。

 しかし父がいなくなって、武家としての我が家は絶えた。私が武士にも、妻にもなれなかったがために。

 父の遺した刀を持って家を出た。

 町にいる人々に声をかけ、刀工について聞いて回った。よれば、橋を渡った先の隣町に、蓮田屋といういい刀工がいるとのことだった。

私が「難しいお願いをしたいのですが」というと、皆「あの人なら大丈夫だ」といった。腰に括りつけるようにした刀に触れる者はいなかった。

 刀工は壮年の優しい顔つきの男だった。工場の外で休憩していた。

 「蓮田屋さんですか」と声をかけると「町一番の刀工とは俺のことよ」と、彼は年齢の割に爽やかに笑った。

 「おう、別嬪さんがどんな御用でえ」

 私は刀を差し出した。

 「これを模造して戴きたいのです」と打ち明けると、町一番の刀工は驚いた顔をした。

 「父の形見です」というと、刀工はさらに驚いた顔をする。

 そっと刀を受け取り「お前さん、まさか」といわれ、刀工の手に渡った刀が、途端に滲んだ。砕けたそれは熱を持って頬を伝う。

 「これをまねて、切れない刀を作って戴きたいのです」と伝えた声は凍えるように震えた。

 「私はなにもできません。私にふさわしい刀が、ほしいのです」