翌日、俺はイブと共に薬草採取のFランククエストに向かっていた。

「ーー魔物の考えたことがそのまま伝わる? そんなの聞いたことがないわよ」
「そうなのか?」

 軽くテイマースキルの説明をすると、イブは驚きの声を上げた。

「それに視点の共有なんて、かなり高度な魔法のはずよ。それこそ『賢者』や『大魔法使い』のスキルを持つ人だけが使えるようなレベル。あなたのスキルって、本当にテイマーなの?」
「そう言われても、初めからこうだったからな……」

 確か、スキル名に(Ω)とかついてたっけ。あれは関係あるのだろうか。

「じゃあこれはどうだ? スライチ、口を開けてくれ」
「はーい」

 スライチが大きな口を開けて、真っ暗な穴を作る。

「さ、入ろうか」
「えぇ⁈ な、何を言ってるの? 食べられちゃうわよ?」

 さらに目を白黒させて取り乱すイブ。
 説明不足だったかもしれない。

「いや、大丈夫だから。とりあえず入ってみて」
「こ、怖すぎるわよ! どういうことなの?」
「しょうがないな。スライチは俺たちが行ったら、安全なところで隠れておいてくれ」
「はーい」

 俺はため息をついて、スライチの口の中を通る。

「ちょっと待ってよ!」

 追いかけるようにしてイブが背中について来る。

「こ、ここは……?」
「魔物の森だよ。スライムの異空間共有を使ったんだ」

 キョロキョロと辺りを見回すイブ。

「転移魔法なんて、宮廷魔道士レベルでしか聞いたことがないわ。スライムの能力をここまで使いこなすなんて……トキヤ、本当に何者?」
「いや、俺は特に何もしてないんだけどな。それより、クエストの薬草の種類を教えてもらって良いか?」
「え、ええ」

 俺はイブと共に森の中で周辺を散策しながら、薬草を探す。

「これはヴァインといって回復薬の元になる薬草よ。こっちの赤い花はシャムロックといって、魔法力を高める効果があるの」
「ふむふむ、なるほど……それじゃあ、お前ら、この薬草たちを探してこい!」
「らじゃー!」

 俺の呼びかけに、テイムした魔物たちが四方に散っていく。

「何が起きたの?」
「魔物たちに探しに行かせたよ。あとはのんびり待つだけ」
「……トキヤといると、感覚がおかしくなりそう」
「そうか?」

 何故かげんなりした様子のイブ。
 楽ができて、喜んでくれるかと思ったけど。

 イブと雑談しながらしばらく待っていると、

『ときやー、知らない人が倒れてるよー』
「む、本当か」

 脳内に届いたスライムたちの思考の共有。
 俺は意識を向けて、その視点を覗く。

 スライムの視点を借りて見た光景には、木々の間でうつ伏せに倒れている人の姿があった。
 怪我をしており、服装もボロボロだが、どうやら女性のようだ。

「ーーこれはまずないな。イブ、森の中で倒れている人がいる。ちょっと助けに向かおう」
「ええ、もちろんよ」

 俺とイブは手近なスライムの口を通って、現地に向かう。
 距離的には少し離れていたが、この移動方法があれば時間全くかからない。

「大丈夫か?」

 イブと共に、倒れている人物の元に歩み寄る。
 近くで見ると、まだ幼さの残る容姿をした、可愛らしい女の子だった。

 抱えるようにして肩を叩いて呼びかけると、その子はわずかに反応した。

「ん……だれ……?」
「俺たちは冒険者だ。味方だから、安心してくれ」
「味方……?」

 こんな場所に単身で倒れていると言うことは、この子も冒険者なのだろうか?
 でも、それにしては装備も着の身着のままといった具合で貧相だ。

「お腹……減った」

 ぐぅぅと大きなお腹の虫の音が辺りに響く。
 よく見ると体のところどころについた傷は、あまり深くない。
 この子は空腹で倒れていたようだ。

「食料ならあるよ。食べな」
「あ、ありがとう」

 俺はスライムの異空間共有を使って、昨日のうちに緊急用にと備蓄しておいたパンやソーセージといった食料を取り出し、女の子に与えた。

「……ふぅ、ありがとう。回復した」

 しばらくむしゃむしゃと無心で食事をした後、女の子は安心したように深いため息をついた。

「だいぶ顔色も良くなったね」
「助かった。あなたたちは命の恩人」
「お名前を聞かせてくれる? それにどうしてこんな危険な場所で倒れていたの?」

 イブの問いかけに、女の子は浮かない表情で俯いた。

「……私の名前はルナ。獣人の村から来た」
「獣人⁈」

 イブは驚いたように目を見張る。
 たしかに、彼女の頭をよく見ると、ふさふさとした毛に覆われた耳がちょこんと付いていた。

「獣人は珍しいのか?」

 俺は何が驚くことなのか分からず、疑問を口にした。
 異世界ときたら獣人はお決まりだと思っていたけど。

「え、えぇ……」

 何故か口ごもり、答えにくそうにするイブ。

「獣人たちは自分たちの村を出ることは、ほとんどないはずだ。だって……」
「そう、この国の歴史は、獣人差別の歴史でもあるから」

 ルナは俯きがちに答える。

「一昔前までは、獣人は人間の奴隷として当たり前のように売買されていた。でも今の国王になってから法律が変わって、獣人を奴隷にすることは禁止になったの」
「今の国王は人格者として有名だからね」

 イブがそう答える。
 国王が変わると、国の方針も変わるのか。
 よく考えたら、俺はこの国についてまだ何も知らないな。

「獣人は奴隷から解放された……はずだった」

 ルナは暗い表情で、苦虫を噛み潰すように呟く。

「表面上は奴隷禁止になったけど、未だに貴族や商人の間では、闇に隠れて違法な獣人取引が続いてる」
「……ひどいな」

 イブは深いため息をつく。
 ボロボロの姿のルナを改めて見て、俺は怒りに手が震えた。

「私は獣人を当然のように奴隷として扱う金持ち連中も、それを見て見ぬ振りする市民も大嫌い。そんなの、間違ってるわ」
「……ルナ、安心してくれ。俺たちはそんな奴らとは違う。君を傷つけたりはしない」

 スキルやギルドなんて、ゲームのような設定に浮かれていたけど、例の盗賊団や奴隷制度など、この異世界にはまだ俺の知らない負の側面があるらしい。

 ルナはそんな俺たちの様子を見て、意を決したように、口を開いた。

「ーー私の村が、人間たちに襲われたの」

 俺はそのセリフに衝撃を受ける。

「そんな、明確な犯罪行為じゃないか」
「街の警備隊はどうしてるの? 村が襲われるなんて、それこそ、王国騎士団が派遣されてもおかしくないわよ」

 聞くところによると、警備隊は、街や近隣の村の軽微な犯罪に対応する自治組織らしい。
 規模の大きい犯罪になると、国王直属の王国騎士団が派遣されるとのこと。

「それがーー誰も助けに来なかった。もちろん皆んなで抵抗をしたけど、人間の数がとにかく多くて……人間は武装もしていた」

 ルナのセリフを聞いて、俺は息を呑む。
 もしそれが本当なら、かなり組織的な手口だ。

「助けに行こう。俺たちが力になるよ」
「もちろんよ! そんな奴ら、ぶっ飛ばしてやるわ」

 ルナは驚いたように目を見張り、嬉しそうに頷いた。

「ありがとう……でも時間がない。急がないと」
「村はここから近いのか?」
「うん、でも人間に見つからないよう森の奥の隠れた場所にあるから、少し時間がかかる」

 ルナがどう案内したものかと逡巡していると、

「この森のことなら僕らに任せてー」

 スライムたちがぷよぷよと跳ねながら、そう答えた。

「スライムが……喋った⁈」
「まあ、説明は後だ。足が速いコボルトもいる。異空間共有を使えば、多分すぐに着くよ」

 不思議そうな表情で俺を見上げるルナ。

「大丈夫、俺たちが助けるよ」

 俺はルナの頭にポンと手を置いて、力強くそう言った。