「いやー助かりました、お腹が減って仕方なかったので」
「いえいえ、トキヤさんは命の恩人ですから、お安い御用です」

 満腹になったお腹をさすりながら、商人のダットさんにお礼を言う。
 馬車に乗っていた積荷から、食料を提供してもらったのだ。

 ちなみに、拘束した盗賊たちを運ぶために、先ほどまでこんなやり取りをしていた。

ーーー

「馬車にはこいつら乗り切らないですよねー、どうしたものか」
「いっそ、首だけ切り落として、街の警備隊に差し出そうか」

 盗賊の搬送方法に頭を悩ませていると、イブは当たり前のように恐ろしいセリフを言い放った。

「いやっ、流石にそれはやり過ぎでは……」

 首を取って晒し者にする。戦国時代さながらの処刑方法だ。

「そうですか? でも、商人の馬車を襲う行為は間違いなく死刑だよ。運がよくても、死ぬまで奴隷かな」
「そうだとしても、目の前で人が死ぬのはちょっと気持ちの準備が」
「はぁ」

 不思議そうな顔でこちらを見上げるイブ。

 年齢は十代半ばくらいだろうか、美少女と称しても過言ではないイブが、本気でそんなセリフを口にしている。

 この異世界の倫理観は、現代日本とはかなり異なっているようだ。

 獣医師として、動物の生き死にに深く関わっていた俺でも、やはり自らの手で人を殺すというのは流石に気が引ける。

「ごしゅじんさま、ぼくが運ぶよー」
「ん? どうやってだ?」
「こうー」

 スライチは大きく口を開けると、そのままがぶりと男たちを飲み込んだ。
 恐るべき光景に固まっている俺たちをよそ目に、スライチはぷるぷると震えて、元の大きさに戻った。

「ど、どうなってるんだ⁈」
「ぼくたちのお腹は、繋がってるんだー。他のスライムの口からも出せるよー」

 どうやらスライムのお腹の中は異空間につながっていて、他のスライムたちと共有しているらしい。
 見た目だけでは、大の男数人を腹に収めているとは全く分からない。

「便利な奴らだな……」
「すごい、誰も見向きもしなかったスライムに、こんな能力があったなんて」

 驚きを隠せずスライムたちを眺める二人。
 スライムたちは呑気にぷよぷよと揺れるだけだった。

ーーー

 というわけで、魔物はスライチのみを馬車に乗せて、一行は街へ向かっていた。

 残りのテイムした魔物たちは森に置いてきた。
 流石に彼らをぞろぞろと人間の街に連れていくわけにはいかない。

 試しに頭の中で魔物たちに向かって念じると、

『お前ら、また森に寄ることがあれば会えるから、それまで人間に倒されるなよー』
『はーい』
『ごぶごぶ』
『ぐるるっ』

 置いてきた魔物たちと思考や視点の共有は問題なくできた。
 どうやら一度テイムしてしまえば、距離は関係ないようだ。

「もしかして……」

 スライムの異空間共有能力を使えば、離れていてもテイムした魔物を召喚できるってことか?
 それに、俺も異空間を通ってスライムがいる地点まで、どこでもドアよろしく一瞬で移動できるんじゃないか?

 ーーこのテイマースキル、まだまだいろんな可能性がありそうだ。

「ぼく人間の街はじめてー」

 スライチが俺の頭の上で、ぷよぷよと揺れる。
 初めは不思議な生き物だと思ったけど、こうしてみると愛らしいところもある。
 段々とテイムした魔物にも愛着が湧いてきた気がする。

「この先にあるのが『エレール』という街です。商業が活発で、冒険者ギルドもありますよ」
「冒険者ギルド! なんだか胸が躍る響きだぜ」

 冒険者、それにギルド。夢中で読んでいた漫画やアニメの設定そのものじゃないか。
 テイマーでも冒険者は務まるのだろうか?

「トキヤは冒険者じゃないの?」
「えっと、これから目指そうと思ってる感じかな」
「絶対なった方が良いよ! 確かに、テイマーはあまり冒険者向きの職業ではないけど……さっきの戦ってる姿は凄いと思った!」
「え、向いてない職業なの……?」

 魔物のテイムなんて、むしろ冒険者以外に使い道があるのだろうか?

 俺は疑問を口にしかけたが、それはダットさんの声に遮られた。

「ほら、もうすぐつきますよ」

 顔を上げると、そこには古風な街並みが見えた。
 手続きをして門を抜け、やっと街に到着する。

 そこには石畳で整えられた街並みと、レンガ調の建物が立ち並んでいた。
 俺のイメージしていた異世界ファンタジーの街並みそのものだ。

「本物の街だ……」

 俺が感動に目を潤ませながら辺りを眺めていると、

「街並みが珍しいかい? トキヤは随分と田舎の方から来たんだな」
「うーん、まあ、そんな感じかな」

 俺は頭をかきながら、笑って誤魔化す。

 その後、俺たちは街の警備隊の詰所に向かい、盗賊どもの身柄を引き渡すことにした。

「さあ、この建物が警備隊の拠点だ。私も同行しよう」

 ダットさんに促されるまま、カウンターに行き受付を済ませる。

「えーと、盗賊団を拘束したということですが、どちらに? 外の馬車ですか?」
「いえ、ここに出しますね。スライチ、頼んだ」
「はーい」

 スライチの口から、男たちがボトボトと地面に吐き出される。
 警備隊の人たちは口をあんぐり開けて、目を見張っていた。

「じゃあ、こいつらの処分をお願いします」
「は、はあ……」

 細かい手続きや身分証明は商人であるダットさんが代わりにやってくれたようで、俺たちは独断何をするわけでもなく、そのまま警備隊の詰所を後にした。

「警備隊の人たち、すごい引いてたね……」

 イブが後味悪そうに呟く。

 気味悪がられて、深く身元を探られなかったのはむしろ幸いだった。
 なぜ一人で森をうろうろしていかと問われたら、こちらが不審者扱いされかねない。

「それじゃあ、私たちは店に戻るから。二人とも、何かあったら『ダット商店』にぜひ顔を出してくれ。生活用品から冒険者用アイテムまで、安くするよ」
「ありがとうございました、助かりました」
「じゃあね」

 ダットさんの小さな娘さんが、恥ずかしそうに手を振る。
 俺とイブは笑顔で手を振りかえした。

 ダット親子と別れた後、俺はイブとともに街を歩きながら、

「トキヤ、どこに向かうかは決まっているの?」
「いや、全然考えてなくて」

 これからどう生計を立てていくか、まだ何も見当がついていない。
 とりあえず街には来れたけど、そこから先を考えないと。

「まずは現金を手に入れないとなー。あとは宿も。それに生活用品も揃えたい」
「じゃあ、一緒に冒険者ギルドに行かないか?」

 イブは笑顔でそう提案した。

「私は今回のクエスト報告をしに行くんだけど、助けてもらったお礼に報酬を半分に分けよう」
「えっ! 良いのか?」
「もちろん、トキヤは命の恩人だからね」
「ありがとう。無一文なもんで、助かるよ」
「トキヤ……苦労して旅してきたんだね」

 イブから物凄く同情のこもった、哀れみの視線を向けられる。
 何か勘違いをされているようだけど、都合が良さそうなのでとりあえずそのままにしておこう。

「冒険者として登録もしましょう。そしたらすぐにでもクエスト依頼を受けられるし、ギルドを通じて信頼できるお店の宿を取ったり、買い物もできるよ」
「至れり尽くせりじゃないか。まずは冒険者として生計を立てようかな」

 そんな調子でイブに色々と街のことを教えてもらいながら、冒険者ギルドに到着した。