「あれは……盗賊に襲われてるってことか?」

 草の陰から、少し先の様子を伺う。

 武装した男たちが、馬車を囲むようにして群がっている。
 明らかに穏やかな状況じゃない。

 そして馬車の近くでは、鎧を着た騎士のような人物が、刀剣を振りながら男たちと向き合っている。

「へへっ、おい、さっさと諦めろよ。もうこの馬車は俺たちのもんだ」
「うるさい……貴様らのような卑怯な盗賊に屈するか!」

 孤軍奮闘、一人きりでなんとか持ち堪えているようだが、戦力の差は明らかだ。
 さらに騎士の方は負傷もしているようで、ところどころ傷が目立つ。

「ーーこれは助けに入らないと、まずいな」

 群れで長時間追い回し、徐々に体力を奪っていく。人間も動物も、狩りの鉄則だ。
 襲われている方は、もう長くは持たないだろう。

「ぶっつけ本番でどこまで行けるか分からんが……やってみるか!」
「ぼくらも準備できたよー」

 覚悟を決めると、頭の中にテイムした魔物たちの声が聞こえて来る。

 俺は覚悟を決めて、茂みから音を立てて飛び出した。

「おい、こっちだ!」
「なんだ、テメェ」

 俺の呼びかけに、一斉に男たちがこちらを振り向く。

 武器を片手にしたその眼光は鋭く、思わず縮み上がってしまいそうだ。
 もしスキルがなければ、死を覚悟するような絶望的な状況。

 しかしその隙に、スライムたちが集まって騎士の前に壁を作り、守るような陣形を組む。

「な、これは……」

 突然声をあげて現れた男と、規律の取れた動きをするスライムたちを見て、騎士は驚きの表情を浮かべて固まる。

「安心してー、ごしゅじんさまが何とかしてくれるよー」
「ご、ごしゅじん?」

 急に喋り出すスライムに、騎士は目を白黒させた。当然の反応だろう。

「なんだこのスライムは!」
「お前の仕業か……誰だか知らないが、邪魔立てするなら死んでもらおう」

 盗賊たちは標的を完全に俺に切り替えたようだ。
 一気に距離を詰めて、飛びかかるように襲ってくる。

「危ない、逃げて! こいつらは人殺しをなんとも思わない盗賊よ!」

 騎士が慌てて大声で叫ぶ。
 しかし、俺のやることはもう決まっていた。

「さあ、今だっ」
「ぴぴー!」

 俺の掛け声と同時に、スライムが弾丸の如く四方八方から飛び出してきた。
 そしてスライム弾は、盗賊たちの無防備な脇腹を勢いよく直撃していく。

「ぐはっ」
「な、なんだ⁈」

 予想できない角度から襲いくる攻撃に、呻き声をあげながら、崩れ落ちていく男たち。

「ふっ、油断したな……名付けて『スライムぶん投げ作戦』だ」
「ごしゅじん、そのまますぎるよー」

 俺の背中にくっついたスライチが、状況に似合わないのんびりした声でツッコミを入れる。

「事前に試しておいた甲斐があったな」

 俺は一撃で戦闘不能と化した盗賊たちを眺めながら、満足気に頷いた。

 実は魔物たちをテイムしていく過程で、俺のテイマースキルはどんなことが出来るのか、少しだけ実験していたのだ。

 その結果分かったこと。
 どうやら俺が頭で考えたことを、いちいち声に出したり説明しなくても、テイムした魔物たちは瞬時にそれを理解し、行動に移すことができるらしい。

 今回の場面でも、隙を見てゴブリンがスライムを四方から投擲するという作戦を、彼らは最適な形で実行してくれた。

「テメェ……よくもやってくれたな」
「む、まだ生き残りがいたか」

 一人の男が膝に手をつきながら、その場から立ち上がる。
 どうやらスライムにぶつかる直前に、とっさに急所を庇ったようだ。

「どんなトリックを使ったかしらねぇが……魔物を使役できるのがお前だけだと思うなよ!」

 そう叫ぶと、男は懐から緑色の鉱石を取り出して、天に掲げた。

 すると、鉱石がにわかに光り出して、地面に魔法陣のようなものが浮かぶ。

 それを見た騎士は驚きの表情で、

「あれはーー召喚石⁈ 魔力を込めることで、封印された魔物を召喚できると言われている魔道具……」
「ふふ、スライム如きじゃ対応できないぞ」

 男はニヤリと笑う。

 不思議な光を発しながら、魔法陣からオオカミのような見た目の魔物が数匹姿を現した。

「グルルッ」
「あれは……コボルトってやつか?」

 俺は身構えながら、魔物を観察する。
 鋭く尖った牙に、荒々しく膨れ上がった身体。
 血走った目は狂気を感じさせた。

「こいつらは召喚した人間の命令だけを聞く。こんなこともあろうかと、高い金出して召喚石を買っておいた甲斐があったぜ」
「今度こそもう終わりだ……」

 騎士は絶望したようにしゃがみ込む。
 コボルトはスライムと比べるとなかなか強力な魔物らしい。

 逆転を確信したように笑う盗賊の前で、俺はコボルトの群れに向けておもむろに手をかざした。

「テイム!」
「えっ?」

 盗賊の男は素っ頓狂な声を上げる。

「ぐるるっ?」

 コボルトたちはふいに表情が丸くなり、身構えるような攻撃的な雰囲気は、その場から完全に消えていった。

「うん、テイムは成功したようだな」
「え、これは一体……?」

 呆然とした盗賊が、目を丸くしながらコボルトと俺を見比べている。

「よし、コボルトたちよ、その男をやっつけろ。殺さない程度にな」
「ぐるるっ」
「う、うわっ、俺が召喚者だぞ! なんで言うことを聞かないんだっ」

 コボルトたちは男に襲い掛かり、適度にボコボコにしてくれた。
 数秒もしないうちに、男は全身ズタボロになって意識を失っていた。

「よし、これで片付いたな」
「あ、あのー……」

 スライムたちに盗賊の身柄を運ばせて拘束していると、騎士が遠慮気味に声をかけてきた。
 そういえば詳しい説明がまだだったな。

「コボルトはテイムしたので、もう安全です。そのスライムたちも、僕のペットみたいなものなので、安心して下さい」
「魔物が、ペット……?」

 さらに不可解そうに眉をひめる騎士さん。
 まずい、変な趣味の人に思われたかもしれない。

「あ、俺はテイマーなので。こいつらは人を襲うことはありません」
「なる、ほど……」

 納得いかないような表情だったが、自分が窮地を助けられたことを思い出したのか、

「ありがとうございました! 本当に助かりました……私一人では、死んでもおかしくなかった」
「私?」

 そう言って、その騎士は兜のような装備を脱いだ。
 すると、

「か、可愛い……」

 そうして顕になったその顔は、完全なる美少女だった。

 装備を固められていたうえに、ショートヘアーでつい女性だと気が付かなかった。

 整った端正な顔立ちに、銀色のショートヘアーが美しく光を反射している。

「可愛い⁈ な、何をいきなり……」

「あ、すいません! そんなナンパしようと思ったわけではなく、つい、本音が」
「ほ、本音って……」

 急に変なことを口走ってしまったせいか、女性騎士は困惑したように顔を赤らめた。

 やばい、キモいやつだと思われてしまったかもしれない。

 俺は誤魔化すように次のセリフを探した。

「その、俺の名前は千葉時也です。スキルはテイマーで、森の中を迷ってたら、襲われている声が聞こえて」

「そうでしたか。私は冒険者のイブ。今はこの馬車の護衛任務中でした。あなたのことは、トキヤ、でいいかな?」

「も、もちろん。俺もイブと呼ばせてもらうね」
「ええ」

 少しは落ち着いたようで、イブはニコリと柔和な笑みを浮かべた。

「ーーイブさん、盗賊は、どうなったかね……?」

 ふくよかな体格をした男性が、馬車の中から、心配そうな様子で顔を出す。

「わっ! コボルトたちがいるじゃないか! 危ないぞ!」

 大人しく俺の後ろに付き従っているコボルトの群れを見て、男性は目を白黒させる。

「ダットさん! 大丈夫です! もう盗賊は倒しましたし、この魔物たちは無害化されていますから」
「む、無害化?」
「はい。無事退治することができました。この通り、通りすがりのテイマーさんが、手を貸してくれたのです」

 ダットと呼ばれたふくよかな男性は、驚きの視線で俺を見た。
 そしてスライムによって、まとめて拘束された盗賊たちと見比べる。

「俺はトキヤと言います。こいつらはテイムした魔物です。もう大丈夫ですよ」

 そう言って俺は、コボルトの頭を撫でる。

 オオカミのような剥き出しの牙や大きな尻尾は荒々しさもあるが、大人しくなってからは大型犬のようで可愛く見えてきた。

「し、信じられん……下級の魔物とはいえ、この数を一度にテイムするなんて」
「ええ、すごく高度なスキルですよ。それにスライムたちを手足のように使役してましたし。こんな芸当ができるなんて、トキヤさんはよっぽど有名な冒険者でしょう?」

「え⁈ いや、そんなことはないんですが……」

 俺はなんと答えたものか、返答に困った。
 異世界から来たばかりでよく分かってないんです、などと言うわけにもいかない。

 そもそもこの世界におけるスキルがどんな概念なのか、俺は全く知識がないのだ。

「とにかく、助かったよ。私は商人でね。貿易仕事の帰りに、娘が早く街に戻りたいと言うものだから、警備が薄いこの森を近道してしまって……案の定襲われてしまった。反省するよ」

 そう言うと、商人のダットさんの腰下あたりから、小さい女の子が顔を出した。
 今まで父親の背中に隠れていたようだ。

「ーーいえ、せっかくギルドから護衛の依頼を受けたのに、苦戦してしまった私の責任でもあります」

 商人のダットさんの言葉に、イブは申し訳なさそうに頭を下げる。

「まあ、なんとかなったんだし、いいじゃないですか。ここから街は近いんですか?」

 俺の呑気な仲裁に、イブは納得しかねるような表情を浮かべたが、渋々頷いた。

「ええ、もう少し南に進めば『エレール』の街があります。トキヤ、森で迷っていたのであれば、案内しようか?」

「それはいい! せめてもの恩返しをしたいところだ。ただで助けられたとあったら、商人の恥になってしまうからね」

 イブの提案に、ダットさんは嬉しそうに大きく頷く。

「本当ですか、ありがたい!」

 願ってもないことだ。
 ここは変に遠慮せず、謹んで甘えさせてもらおう。

「あと、できればもう一つお願いが……」
「なんだい? なんでも言ってごらん」

 俺は頭をかきながら、恥ずかしそうに答えた。

「ご飯を、分けてもらえませんか?」