「俺、動物病院で倒れたはずじゃ……」

 ゆっくりと身体を起こして、目を擦る。
 そこは辺りに木々が生い茂る、森の中だった。

「なんだ、この植物」

 学生時代に野生動物の調査でフィールドワークをしたこともあり、日本の自然環境については多少知識がある。
 だが、辺りに生い茂る植物は、どれも見たこともないものばかりだった。

「ーーまるで、異世界ファンタジーに転生したみたいだ」

 思わずそんなセリフがこぼれる。
 俺は頭を振って、自嘲気味に笑った。

「いやいやまさか、そんなわけないよな。もしこれが異世界転生なら、ステータスも見れちゃったりして」

『ステータス、オン』

 無機質な声が頭の中で響くと、目の前にウィンドウが現れた。

「うぉっ⁈ マジかよ……俺は本当に異世界転生したのか?」

 頬をつねる。もちろん痛い。
 このはっきりした感覚が、これは夢ではないと告げている。

 信じがたい気持ちと同時に、心の底ではワクワクしている自分がいる。

 漫画や小説で夢中になって読んだ異世界に、まさか自分が転生したのだ。

「どれどれ、俺のスキルは……っと」

『レベル:1
 攻撃:2
 防御:1
 魔法:2
 体力:5』

「めちゃくちゃ弱くないか⁈」

 表示されたステータスの低さに、思わず一人ツッコミを炸裂させる。

「こういうのって、転生した時にチート能力手に入れるってのが、あるあるじゃないのかよ……」

 期待はずれのステータスに気落ちしながら、スクロールしていく。
 他にも細かい項目が続くが、どれも初期設定の域を出なかった。

「ん、これは……?」

『スキル:テイマー(Ω)
 魔法:テイム』

「テイマー! やっぱり前世で獣医だっただけあるな。スキルって、いわゆる職業だよね。うん、悪くない職業だ」

 勇者や錬金術師のような有名な職業にも憧れるが、そんなのは恐れ多いし、何より戦いに駆り出されるのは怖い。
 まあテイマーぐらいが無難なところだろう。

「そういえば、この記号はなんだろう。オメガ……?」

 テイマーの後ろについた謎の記号。

 ステータス画面には詳しい説明がない。
 よく分からないけど……とりあえず使ってみるしかないか。

「ここが異世界なら魔物もきっといるはず」

 木々をかき分けながら、しばらく森を進んでいくと、

「ぴぴっ」
「うぉっ⁈ スライムか!」

 目の前に、青い身体をプルプルと震わせながらスライムが一匹現れた。
 きょとんとした目で、こちらを見つめている。

「本当に異世界に来たんだなー……って、それどころじゃないか」

 気性の荒い動物の対応は何度もしたことがあるが、さすがに魔物は初めてだ。

「スライムといえば最弱なはずだけどーー今の俺はレベル1。それでも倒せるのか?」

 そもそもどうやって戦えば良いんだ?
 前世でも、喧嘩なんてまともにしたこともないぞ。

「それに魔物といえど、無益な殺生は気が引けるし……それこそテイムできたらいいんだけど」

 そんなことを考えながら、どうしたものかと躊躇っていると、

「ぴぴぃー!」
「おわっ」

 スライムは可愛らしい声をあげながら、ポヨンと飛びかかってきた。

「よく分からんが……テイム!!」

 深く考える間も無く、とにかく手を突き出して叫ぶ。

 あわや俺とぶつかる直前、にわかにスライムが白い光にぼんやりと包まれた。
 すると、

「ぴぴっ」
「おっと」

 こちらに飛びかかってきたスライムは勢いを弱めて、そのまますっぽりと俺の懐に収まったのだ。

 俺はスライムを落とさないように、両手で受け止める。
 ぷにぷにとした独特の触り心地が、手に伝わってきた。

「これは……テイムに成功したってことか?」
「ごしゅじんさま……ごしゅじんさま!」

「喋った⁈」

 スライムが俺の顔を見ながら、確かに人の言葉を喋り出したのだ。
 もしかして、この世界の魔物は喋ることができるのだろうか?

「ごしゅじんさまにテイムされたから、喋れるようになったよ!」

 プルプルと身体を震わせて説明してくれるスライム。
 仕組みはよく分からないけど、テイムすることで魔物に対して影響が及ぶ場合があるらしい。

「……」

 改めてスライムを観察する。

 きょとんとした目に、柔らかい感触。
 正直言うと、めちゃくちゃ可愛い。

 前世で出会ったどんな生物とも姿は異なるが、なんとも言えない愛嬌があった。

「そうだ、お前に名前をつけてやろう! テイムした魔物一号だから、スライチだ!」
「やったー」

 ぷよぷよと喜ぶスライチ。
 記念すべき一匹目のテイムした魔物だ。

「そういえば、ステータス上はどうなってるんだ?」

 ふと疑問に思い、ステータスを確認する。

『レベル:3
 攻撃:8
 防御:9
 魔法:6
 体力:12』

「あれ? さっきよりも上がってないか?」

 倒したわけでもないのに、なぜかレベルとステータスが上がっている。

「ぼくのステータスが足されたんだよー」
「そうなのか。お前、やけに詳しいな」
「えへ、ものしりなんだー」

 何故か細かいルールを説明してくれるスライチ。どこで仕入れた知識なのだろうか。

 それはともかく、どうやらテイムした魔物のステータスやレベルが、経験値として俺にも加算されていくようだ。

「あれ、それって、テイムし続けたらかなりレベル上がっていくんじゃ……」

 わざわざ倒さなくてもレベルが上がるうえに、魔物がそのまま味方になるなんて、かなり都合の良いスキルでは?

 テイムできる魔物のレベルや数など、何か制限があるのだろうか?

「自分の能力を把握するためにも、いろいろ試してみる必要があるな」

 そう思った俺は、しばらく森を散策しながら、片っ端から出会った魔物をテイムしていった。