レストランの入った駅ビルから出ると、いつも利用するのとは反対方向に向かう。私が利用したことのない通りを、先生はまた私のカバンを物質(ものじち)にして、繋いだ私の手を優しくでも離せない強さで握っている。

 賑やかな千鳥足のおじさん集団とすれ違った時、先生は私を庇うように手をつかんで自分のそばに引き寄せて、その手は繋がれたまま、通りを進んでいた。確かに診察の時、先生はおばあちゃんたちの手を優しく握ってあげてはいるけれど。

「あの、先生、ついて行きますから、手…」

 繋がれ手を放したいわけではなかったけれど、私も握り返すわけにはいかなかった。

 先生が立ち止まる。

「ごめん、言わなかったっけ。昨日午後緊急手術(オペ)が二件続いて、しかも一件はちょっと厄介で、3時間かかったんだ。トータル5時間立ちっぱなしで、今日ちょっと筋肉痛。繋いでもらってると、歩くの楽なんだけど」

 ”手を貸す”のに自然な理由。断る方がおかしい。

「…そうだったんですか。すみません、気が付かなくて。じゃあ、カバンは…」

 せめて、カバンは自分で持たないと。

「カバンは大丈夫だから、もう少ししっかり手を繋いでくれる?転んだら、かっこ悪い」

 自分でそのきっかけを作ってしまった私は、ニッコリした先生の笑顔に息が止まる思いで、言われたとおりに手を握ってしまう。

 先生はその私の手をそっと握り返して、とても転びそうにはない足取りでまた歩き始めた。