帰ったら作業の続きをして、その後夕飯の支度。
あ、庭の花の水やりもしないと。
そんなことを考えながら家に帰っていると、庭にある草花の一角が崩れていた。
しゃがみ込んで、生い茂っている草を除ける。
するとそこに、小さな人らしきものが倒れていた。
「……小人?」
恐る恐る手を伸ばし、手のひらに乗せた。
黒髪に黒い洋装を身に纏った男の子は、ぐったりした様子で動かなかった。
「大変……!」
急いで家へ入り、救急箱を取り出す。
小さな彼は頬に擦り傷を作ったまま眠っている。
消毒液を染み込ませたガーゼを当てると顔を歪ませた。
「ごめんね、すぐに終わるから」
小さめの絆創膏を選び、頬に貼り付けて応急処置は完了。他に傷は見当たらないから大丈夫だとは思うけれど。
「平気?」
「……」
返事が返ってくることはなく、穏やかな寝息を立てていた。
「あれ、首元に模様が」
よく見ると右の首元に刺青のようなものがあった。
何の印だろう。まぁ、いいか。
ひとまず私の部屋にあるドールハウスで寝かせてあげようかな。
彼くらいのサイズならちょうどいいだろうし、細部まで作り込まれた家だから居心地は良いはず。
自分の部屋に戻り、テーブルの上に置いてあるドールハウスの屋根を外すと、まず部屋の多さに驚く。
私が住んでる家よりも豪華で、普通の家と同じように小さな家具まで揃っていた。
いつかのプレゼントとしてお祖父ちゃんからもらったけれど、上手く遊べなくてお飾りになっていたドールハウス。ようやく使い時が訪れた。
ベッドルームにあるふかふかの布団の上に乗せてあげると、彼は気持ち良さそうに毛布に包まった。
「可愛い……」
思わず見とれてしまう可愛さに頬が緩んだ。
私はこんなことをしている場合ではない。
作業台に散らばる道具を見て焦った。
「早く作らないと!」
花提灯と言っても、その形は様々。
紙を重ねて作るバラ型。
小さな花が集まるアジサイ型。
星のような形をしたキキョウ型。
まん丸で可愛らしいスズラン型。
祭りではオレンジ色の灯りを灯した花が暗い空に放たれ、とても美しい姿を見せてくれる。
それを花かごをひっくり返したような景色と言う人もいれば、遠く離れていくから儚い絶景と表現する人もいる。
花提灯そのものには厄災を祓う意味があるけれど、それぞれの花にも意味がある。
スズランは幸せの再来、アジサイは家族団欒、キキョウは変わらぬ愛。
花言葉が同じ愛でも、近年では愛の象徴と言われるバラが人気傾向にある。それはきっと、街にバラ園ができたから。
見て分かるように簡単に作れるのはスズランとキキョウ。最も時間がかかるのはアジサイだ。
人気になったのがまだバラでよかったとほっとしている。
見本として去年自分の作った花提灯を置いてあるけれど、それよりも今年の出来はいいと思う。
我ながら腕をあげたな、さすがエマ。
自分を褒めながら作業を続けること数時間、各一種類ずつ仕上げた。
残りは明日やろうかな。時間はまだあるし、雑になっちゃう方がだめだもんね。
夕飯の支度をしようと一瞬ドールハウスを覗いた。
「あっ……」
視線の先では、今まで眠っていたはずの彼が部屋の中を歩き回っていた。
覗き込んだ私に気づいて顔を上げ、じっとこちらを見つめている。
「怪我は大丈夫?」
「……」
赤色の瞳は確かに私を映しているけれど、彼は何事もなかったかのように無視した。
そうだよね。突然知らない家に連れ込まれて、見ず知らずの私と口聞いてくれるわけないか。
そう思って軽く自己紹介をした。
「私エマって言うの。その家は、私のお祖父ちゃんが作ったものだから好きに使っていいよ。何かあったら声かけてね」
当然返事が返ってくることはなかった。
もしかして嫌われてる?いやでも、嫌われるようなこと何かしたかな……。
そんなもやもやを抱えながら夕飯を作りにキッチンへ向かった。