奥深い街。
山に囲まれる小さな街は、深緑の隠れ家とも言われている。
幼い頃から外で走り回っていた私は、街の人とはほとんど顔見知りで、両親のいない私にとても親切にしてくれていた。
私はこの街が好き。
中でも街の中心にある時計台からの眺めは絶景で、お気に入りの場所。街全体を見渡せて、この景色を独り占めしている気分になれるから。そこを囲うように植えられている大輪の花も魅力的で人気スポット。
そんな街で、私はお祖父ちゃんと二人暮しをしている。
草花が植えられた庭に、クリーム色の可愛らしい家。
一階にはお祖父ちゃんの作業部屋が、二階には私の部屋がある。
白いカーテンが揺れる風通りの良い場所で、作業台や本が積まれたテーブルがある小さな部屋。特に目を引くのが、お祖父ちゃん手作りのドールハウス。
小棚の上にある花の水を替え、ステンドグラスの小窓を見上げると今日の空が見えた。
「いい天気。時間もあるし、買い物に行こうかな」
私が生まれてすぐに亡くなってしまった両親の顔は知らないし、言葉も交わしたことはない。
それでも、とても優しくて素敵な人たちだったとお祖父ちゃんから聞いている。
「お祖父ちゃん、私買い物いってくるね」
「あぁ、気をつけてな」
お祖父ちゃんは明かりを灯す家具、ランタンを作る職人。
この街で暮らす人たちの家に必ずあるランタンは、どれもお祖父ちゃんの手作り。
家は先祖代々提灯職人で、それをお祖父ちゃんが引き継いでいる。
今では提灯からランタンと呼ばれるようになったが、紙と木でできている照明器具ということには変わりない。
本来ランタンは金属やガラスで作るものもだけれど、家で扱っているものは全て紙と木で作っている。洋風なこの街に和風のランタンが見合うよう、昔から作られていたものとは少し形を変え、色の種類も多く取り扱っている。
私も去年から一任されている仕事があり、その形跡が部屋の隅に寄せられている。
大きさの異なる紙や糊、ワイヤー、ロウソク。
子ども一人では扱えないから昔はお祖父ちゃんと一緒にやっていたけれど、今は十六。
細かい作業はお手の物で、お祖父ちゃんお墨付きの出来だ。
「いってきます!」
私はバスケットを持って、外へ出た。
❀.*・゚
街では来月行われる祭りの準備に追われている。
花提灯祭り。
何十年も前から行われている祭りで、そのメインとなる花提灯を作るのが私の役目。
別名フラワーランタン。普通のランタンではなく、花の形をしたランタンだからその名が付いた。
祭りというのは本来、出店や打ち上げ花火で盛り上がるものだけれど、ここ二十年、街ではある問題が起こっている。
「こんにちは」
行きつけの野菜屋に着くと、いつものように挨拶を交わした。
「エマちゃんいらっしゃい」
「お野菜ありますか?」
「それが今出てるので全部なんだ。毎年不作続きで困ったものだよ」
街を覆っている雲の動きが不安定らしく、雲一つない晴天が続いて水不足になる日もあれば、雨が降ったら降ったで大嵐になることもある。おかげで作物が育たないのだ。
出店に並ぶ商品も年々減っていき、打ち上げ花火も中止。盛り上がるはずの祭りとは縁遠くなっている。
「最近はどこの家も貧相で見てられないよ」
「それに後継者不足で使われていない畑は雑草だらけ。みすぼらしい」
「神様はこの街を見放されたのかね……今年は花提灯の祈りが届けばいいのだけど」
市場の店主も客も、口を開けば神様を恨み、街を蔑む。
何度朝が来ても、人々は暗くなっていく一方で、この街の緑の陰に埋もれてしまいそう。
昔は笑顔の絶えない街だったと、お祖父ちゃんは言っていた。街の人々の心を照らせるようにランタンを作り続けている、とも。
私も、嘆き悲しむ街と人々を放っておけなかった。
「その点、エドガーさんのところはエマちゃんがいるから安心ね」
「私なんてまだまだですよ」
「今年の花提灯もエマちゃんが作るのかい?」
「はい!みなさんに喜んでいただけるよう頑張ります!」
「頼もしいね」
花提灯祭りは厄災を祓うために行われ、祭りの最後にロウソクを点したランタンを空へ舞い上げる。
この街では、恵まれない天候も、後継ぎの生まれない不運も、全てあやかしがもたらした厄災だと語り継がれていた。
それを祓うため、街の人々は毎年花提灯頼りに祈りを捧げている。
ものは違うけれど花提灯という名の提灯は昔からあり、それを空に飛ばしてみるのはどうかと提案したのは幼いエマだった。飛ばせる構造に作り替えてできたのが今の花提灯。
私の作る花提灯にそんな大層な力はないけれど、少しでも明日の励みになればと願いを込めて作っている。
「毎度あり。エドガーさんにもよろしくね」
「はい、ありがとうございました」