「…私のせいだ」

 すると、今までずっと黙っていた不知火さんが唐突に口を開く。そういう彼女の表情は鈍重で、目を大きく泳がせ今にも泣き出してしまいそう。

「不知火さんのせい?」

 彼女が冗談を言うとは思えない。こうなった原因になにか心当たりがある口ぶりだ。
 夕刻の夏の日差しが部室にいる僕たちを突き刺すように橙に照らした。その橙色に不知火さんの蒼白な表情が対照的に映る。

「私、嫌がらせを受けてたの」
「嫌がらせ!?」

 衝撃の事実が彼女の口から飛び出して驚く。彼女がなにかされていたことに僕は何一つ気がつけていなかった。

「い、いったい誰に?」
「生駒くんの周りの人。羽折さんたちから」
「そ、そんな…」

 質問に対する答えに翔が思わず絶句する。
 翔がモテているのは僕も知っている事実だ。一定の女の子に囲まれているのをよく見る。翔自身はそんな彼女たちを上手いことのらりくらりかわしていたイメージだ。
 彼女たちが不知火さんに嫌がらせをしていたと聞かされた。翔が抱えるショックだったり、責任だったり、その感情は僕の想像を遥かに超えるだろう。

「彼女たちからしたら私の存在が気に食わなかったみたい。最初は本当にくだらない、なんてことない嫌がらせだったんだけど、だんだんエスカレートしてきて」
「それをずっと独りで?」

 僕の絶句に黙って頷く不知火さん。
 十鳥先生も目を閉じて黙って聞いていた。先生にはどう映ってるんだろうか?

「赤翼くんと喧嘩しちゃって話すタイミングを失って。私だけが耐えればって思って言えなかった」
「そんな」

 無茶だと思ったけどそれを簡単に言えるほど他人事ではなかった。僕だって不知火さんと喧嘩して言いたいことが言えなかった。今まで友達と呼べる人が少なかった。だから謝り方がわからなかった。
 交友関係を捨てて生物を追いかけ続けてきた僕の人としての不器用さが、そういう雰囲気にしてしまったんだ。

「彼女たちの願いは私が部活を辞めること。もし屈したら私が好きなピィちゃんの居場所が無くなっちゃう。だからこうなるまで誰にも言えなくて」

 目に涙をいっぱい浮かべる不知火さん。

「確証は何もないけど、彼女たち以外で私やここの場所をよく思ってない人に心当たりがないの」

 彼女の涙が頬を伝い、ポタリと床に落ちる。悔しみの涙だからか、彼女の持つ青い炎の力は出ない。ただの悲しみの涙、虚しく落ちる。

「……」
「……」

 僕も翔も黙ることしか出来なかった。僕らの性格が少しずつ違っていれば、もしかしたらこうなる未来にはならなかったのかもしれない。みんながそれを理解した。だから誰も何も言えなかった。