〜 Side 有真 〜

………


「…はぁ…はぁ」

 寝坊をした。まさか目覚まし時計をかけ忘れるとは。
 教室近くのここまでダッシュ。息を整えながら、始業近くで人気のなくなっていた廊下を通る。始業まで残り数分と言ったところか。
 なぜ遅刻した時と言うのはいつもより格段に早く走れるのか。動物の生死をさまよう時は限界以上の力が出ると言うし、これもその一種なのだろうか?
 どうでもいいことを考えながら、2階へと続く階段は差し掛かる。僕ら1年生の教室は1階。この先は上級生の階へと続いている。そこは朝だというのに仄かに薄暗かった。

「必死なわけじゃない」

 通過しようとしていた階段の踊り場から、聞きなれた女の子の声がした。最近になってよく聞く、とある子の声。

「?」

 声の聞こえた方に早歩きしながら耳を傾ける。

「はぁ?ひ、必死って」
「私たちそんなんじゃ」
「あと、私は関わる人くらい自分で決める。貴方たちとは違って」

 近づいたことではっきり会話が聞こえてくる。その語気は強く、喧嘩に近い雰囲気を感じた。
 案の定、声の主は不知火さんだった。同じクラスの羽折さんとその周りにいる、まるで取り巻き役のような子達をぐるりと見渡していた。

「っ…」

 不知火さんの目線に彼女たちはたじろぐ。そのまま彼女は逃げるように彼女たちに背を向け、踊り場から1階のこちらに降りてきた。
 僕の目に映った不知火さんは、少しだけ辛そうに見えた。

「あ…」
「あっ」

 階段を下りる途中で僕と目が合う。一瞬、時が止まったかように感じた。

「不知火さ──」

 僕が声をかけようとすると、彼女はそそくさと僕の横を通り過ぎ、教室へと早歩きで向かっていった。

「なにあいつ」
「ね、うざっ」

 その後ゾロゾロと踊り場にいた女の子が同じように通り過ぎていく。彼女たちの口から、あまりいい言葉は聞こえなかった。
 不知火さんが喧嘩?いったいどうして?解決しない問答が頭の中を巡る。

 キーンコーンカーンコーン

「っ!やばっ!」

 チャイムの音で我に返った。チャイムが鳴り終える前に教室に入らないと遅刻になってしまう。
 僕はいったん考えるのをやめ、教室に間に合うように廊下を走り出した。