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「おーし、お昼だぁ!」

 4限目終わりのチャイムとほぼ同時、翔が清々しい表情で僕の元へやってくる。右手にはお弁当箱がぶら下げられていた。

「いやぁ…生物の授業難しくね?覚えること多いし…有真はさっきの授業わかったか?」

 4限目は生物の授業だった。

「うん、わかったよ。それに生物の授業、僕はすごい楽しいけど」
「あー、聞く相手間違えたな…」

 僕がサラッと返すと翔はがっくりとうなだれた。生物は僕と仲のいい先生、十鳥先生の授業だ。十鳥先生の説明はわかりやすく、むしろそんなに難しく思える翔の方が僕は信じられない。

「さすが生物好きは違うな」
「からかいに来たなら別のとこで食べなよ」
「冗談だって!冷たいこと言うなよなー」

 じゃあふざけたこと言わないでくれよ。
 翔はこうやって軽口をよく叩くが、心から蔑んでいるわけではないので僕も気が楽だ。幼馴染ならではの距離感。僕に話しかけてくるのは翔くらいなのでこういう軽口のじゃれあいは案外心地いい。
 僕もお弁当箱を広げようとしたその時。

「赤翼くん、ちょっといい?」
「あっ、十鳥先生」

 さっきまで教壇に立っていた十鳥先生がポニーテールを揺らしながら僕の席までやってきて声をかけてくる。

「お昼、ちょっと時間貰ってもいいかな?」
「自分は構わないですけど…」

 ちらりと翔を見る。翔は気にするなと言った表情で手を振った。

「ごめんね、ありがとう。お弁当持ってちょっと移動しよっか」
「あれ?どこか行くのですか?」
「ん、ちょっと部室にね」

 軽く微笑む十鳥先生。笑顔が昼休みの教室にキラキラと映える。先生は僕と同じ生物好きだけど、若いころの先生は僕とは違って明るい学園生活だったんだろうなと…なんとなく思った。
 先行して歩いていく先生。少しマイナスな思考を抑えつつ、お弁当を持ってついて行く。

「おーい、翔くん!一緒にご飯食べよ」
「ぁ…おぉー!」

 僕の後ろで女の子の声が聞こえる。一瞬振り返ると翔の周りには人が集まっていた。翔はクラスでもモテる方。男女問わず周りに人が集まる。女の子に告白された、なんて話は翔の口からよく聞く。しかし彼自身は誰とも付き合う気はない様子。
 十鳥先生も翔も…青春を謳歌できる、その姿が正直少し羨ましい。少し引き気味な目を向けられる、僕とは大違いだ。発想が突飛なのはあっても、好きなことを好きと言ってるだけなのに…。

「……」

 なんとなく不知火さんの座っていた席に目を走らせる。彼女は既にそこにはいなかった。今日はまだ1度も話していない。僕らの関係はいつも通りで、変わったのは明かされた秘密だけ。

「…赤翼くん?」

 僕が後ろを振り返っている間に、先生は既に教室の後ろの扉から廊下に出ていた。不思議そうに声をかけられてしまう。

「あっ、すみません」

 教室に淀んだ小さな…ほんの小さな疎外感。僕は逃げるように、慌てて先生の後を追って廊下に出た。