「もう水はいい。かけないで…」
「えっ!?」

 燃え続ける炎を抱えて不知火さんが小さな声で希う。
 なにを…まだまだ炎が体に纏わりついているのに。

「よ、よくないでしょ!」
「…いいの」
「でも──」
「いいから止めて!!!」
「っ!」

 聞いたことないほどの大きな叫び声。ただならぬ様子の声にびっくりして体が跳ねてしまった。

「…お願い、止めて」

 ビシャビシャと彼女にかかるホースの水音がやけに大きく聞こえる。その音にかき消されそうなほどの声で不知火さんは目を伏せながら小さく呟いた。
 本来なら聞くべき願いではない、異常な状況。

「……」

 でもその願いを聞かざるを得ないと思った。いや、悲しげな姿と表情にそう思わされた。
 すぐに火を消せるようにホースの口を茂みへと向ける。弧を描いて茂みに飛び込む水流に太陽の光が反射して虹ができた。

………


「うっ…」
「し、不知火さん…」
「話しかけないで」
「…っ」

 水を止めて数分、彼女は小さく呻き続けている。当然、炎は纏ったままだ。
 苦しそうなその声を聞いて、やっぱり水をかけた方がいいと思うが、獲物を狙う鳥のような鋭い目線で制される。

「…うぅ」
「……」
「…はぁ…うっ!!!」

 制されて口を噤む僕の瞳に、一際大きく呻いた不知火さんが映る。
 呻き声とほぼ同時、シュウッと萎むような音。そして少しだけ炎が勢いを弱めた。

「え?」
「…はぁ…はぁ。…くっ!」

 目の前の不思議な現象に驚く僕を意にも介さず、彼女がまた声を漏らす。呼応するように炎はまた少し小さくなった。
 まるで彼女自身が纏う炎を抑えているかのように。

 そしてそれを繰り返すこと数回。

「…はぁ…はぁ」

 息を荒げる彼女から、炎は完全に消えてなくなった。ゆっくり時間をかけて跡形もなく、熱さだけがそこに残る。あれだけの水量で消えなかった轟々とした焔がなくなったのが不思議でしかたない。

「嘘…」

 だがもっと、それ以上に驚いたのは…

「傷が…」

 彼女が負った痛々しい傷も血もきれいさっぱりなくなっていた、ということだった。
 頭から角材の塊に突っ込み、尖った木や硬い角などで体を切った。血だらけだった姿は、どう考えても数分で治る傷ではなかった。だけどまるで最初からそうだったかのように、今の彼女の体には傷一つついていない。
 炎が傷を癒した。信じられない出来事だった。