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「ほら、みんな!もうそろそろ山頂だから頑張って!」

 山頂付近の木漏れ日満ちる山道。不知火さんの声が山道の上から下へ。彼女の声とともに、薄い茶色の艶やかな髪に付いた緋色と金色の羽の形をしたヘアピンが光った。
 夏陽を浴びてキラキラと。ピィちゃんと別れた日、彼女の髪に舞い降りた赤い羽根。それをあしらった髪飾り。
 あれから毎日、彼女の髪に付いている。

「はぁはぁ」
「先輩、早いです」
「ぜぇぜぇ…」

 その下にいる生徒たちが呻くように声を上げる。高校1年生の3人はまだまだ体力はない。

「ふふふっ、3人とも体力ないなぁ」
「そういう不知火さんも同じ1年生の頃は遥か後ろを歩いてたでしょ?」
「先生!それは言わないで!」

 前方を歩く不知火さんと十鳥先生が笑いながらそんな会話を広げる。

「不知火さん!後ろから俺たちが見てるから気にしなくて大丈夫だよー!」

 僕の隣、新1年生3人を飛び越すように翔が不知火さんに声をかける。
 山道は危険だ。慣れない3人を挟むように、僕と翔は後ろからペースを合わせて歩いている。

「生駒くん!ありがと!じゃあ私先行っちゃおうかな!」
「不知火さん、こけないようにねー?」
「わかってるよ!赤翼くんっ!」

 不知火さんは少し駆け足で山道を登り始める。僕はその背に声をかけた。
 あれから不知火さんは体育の授業にも出るようになった。もちろん、怪我には細心の注意を払って。普通の子と同じように生きる、それが不知火さんが望んだことであり、別れてしまったピィちゃんの願いでもある。
 ピィちゃんと別れてからちょうど2年。僕らも今年で3年生。生物不思議研究部に今年は新たに3人の1年生が入ってきた。男の子2人、女の子1人。2人の男の子は仲が良く、女の子は少し大人しめ。廃部にならなくて済んだと安堵したのと同時に、1年生の関係性がまるで当時の僕らのようでとても懐かしく感じた。
 そんな8月31日の夏休み最終日。夏の空の元、部員全員で焔消山へ登っている。

「有真はヘタレだよなぁ」
「え?」

 懐かしさを抱えて3人を見ていると、隣にいた翔が呆れた表情でそう言う。

「2年経っても、2人ともなにも変わらないじゃん」
「な、なんの話だよ」
「不知火さんと同じ大学行くために必死に勉強しておきながら、『そんなんじゃない』とでもいうつもりか?」
「なっ!なんで僕が不知火さんと同じ大学目指してるって!」
「2人の模試の判定を盗み見た」

 油断も隙もあったもんじゃない。

「今日決めてこい」
「は!?」
「1年生は俺と先生に任せろ。十鳥先生ー!…ほら!いってこい!」

 バンッと背中を叩かれて前方へ押し出される。つんのめりながら振り返ると、翔がVサインをしていた。
 本当に翔には助けられっぱなしだ。

「……」

 山道の上、前を向く。不知火さんの駆け足の後ろ姿が緩やかに小さくなっていく。
 追いつきたい。一生懸命生きる彼女に。僕も一緒に、ずっと隣で。
 そう思った瞬間、僕の足が勢いよく地面を蹴った。