「っ!」
僕は思わず息を飲んだ。
人がほとんど訪れたことのない焔消山の山頂。そこから見える景色は自然の美しさがめいっぱい広がっていた。
まるで海のようにどこまでも広がる青空。空に映る大きな入道雲を阻むものは何もない。眼下に敷き詰められた美しい木々や花々たち。多種多様、花々と緑の香りが澄んだ空気に溶け込む。
僕らの頭上を何種類もの鳥が飛び交い、楽しげな鳴き声が山々に木霊する。夏鳥も冬鳥も関係なく自由に優雅に。
サラサラと付近を流れる川の音が混ざる。優しく吹き抜ける風が木々たちをサァッと震わせて奏でる。まるでそんな鳥たちと共に鳴くかのように。
自然の荘厳な景観と清らかな大合唱。
長年、人の侵入を阻んできた山頂は心が綺麗に洗われるような雰囲気を持っていた。
ピィちゃんはこんなにも豊かなところで誰にも知られることなく過ごしていたんだ。
「綺麗」
口をついてそんな言葉が出る。
「ピィ」
ピィちゃんはその光景を見て、思い出したかのように鳥籠の中で身じろいだ。その瞳はキラキラと夏の日を浴びて輝いている。
「赤翼くん」
不知火さんが僕を見て頷く。
「有真」
「赤翼くん」
翔も十鳥先生も、同じように。
「うん」
地面に鳥籠を置いて扉を開ける。キィっと金属の蝶番が鳴く。
思わず手が震える。あぁ、本当にこれで最後だ。
「ピ」
震える手でピィちゃんを抱えて外に出す。ほんのりと暖かい、焔のような体温。
「ピィちゃん、元気でね」
十鳥先生がピィちゃんの首元を撫でる。互いに目を細めて慈しむような表情をした。
先生はいつもピィちゃんの生態を1番に考えて行動していた。ご飯の管理も飛ぶ練習も住処を探すのも、糸目をつけずに全力で。
「俺、ピィちゃんと遊んだのすっごく!すっごく楽しかったよ」
翔が握手するように小指を差し出すと、ピィちゃんは足先で優しく掴んでくれた。珍しく翔の目元が潤んでいる。
ピィちゃんと翔の距離はまるで兄弟のように近かった。遊ぶときは翔の元へ1番に行くくらいに。時折、本気でじゃれあっていてピィちゃんはものすごく楽しそうだった。
「赤翼くん、お願いね」
「有真、後は頼む」
2人はひとしきり挨拶を交わすと、元来た道を少し戻る。僕らに場を譲ってくれた。
初めから最後までピィちゃんと一緒にいた僕らに。