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 8月31日。

「みんな、着いたよ」

 午前9時過ぎ頃、焔消山。

「はい」

 先生の車でここまで来た。不知火さんの膝の上に置いてある鳥籠が揺れる。

「ピッ?」

 1つ身動ぎをし、首を傾げてピィちゃんが鳴いた。そんな様子を見て、不知火さんは優しく微笑む。
 ここに連れてこられるまで、ピィちゃんは車窓から見える景色を興味深そうに見つめていた。焔消山に近づくにつれて、時折懐かしそうな鳴き声を上げて。
 不知火さんの持ってきたノートには、不死鳥は生まれ変わっても記憶を受け継いでいると書かれていた。過去の記憶を受け継いでいるとはいえ、約2ヶ月、部室と裏庭で過ごしていたせいか、ピィちゃんには新鮮に見えたのかもしれない。
 そんなピィちゃんを不知火さんは鳥籠越しに慈しむように見つめていた。

「ピィちゃん、行こっか」

 不知火さんが鳥籠を持ちあげる。勢い余らないように慎重に。優しく…優しく。

「……」

 そんな不知火さんとほぼ同時に車から降りた。僕の目の前に夏休み前と同じ景色が広がる。
 広がる大自然。青々とした木々たちと連なる山々。雲ひとつない、まるで吸い込まれるような空。どこか涼しげな山の麓は、本当に夏なのか疑わしくなるほどに心地のいい空気に包まれていた。

「赤翼くん」

 そんな光景を魅入っていると、車を降りた不知火さんに声をかけられる。

「…ううん、ごめん。なんでもない」
「…そっか」

 彼女の言いたいことはなんとなくわかった。
 やっぱりやめよう、たったその一言。でもそんな言葉をかけたら、気持ちが揺らいでしまう。
 それは他の誰でもない不知火さんが1番わかっている。ピィちゃんに対する気持ちもここにいる誰より人一倍強いに決まってるんだ。彼女にとってピィちゃんは血を分けた祖先の鳥。実際に血は繋がっていないにしても、思い入れはひとしお。

「じゃあ、私は入山の連絡だけしてくるね」
「はい、お願いします」

 十鳥先生の言葉を受けて、不知火さんがいつも通りの声色で返す。そんな様子を数歩後ろの距離から見つめた。