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「ピィちゃん、ご飯だよ」

 カパッと音を立ててご飯のケースを開ける。不知火さんがそこからフルーツを取り出した。
 これで最後の1つだった。空になったご飯をストックしていたケースは夏の夕陽の光をプリズムのように散らす。惜しむように部室に光が広がる。

「ピッ?」

 鳥籠の外、ちょこちょこと机の上を歩いていたピィちゃん。不知火さんの手には食べやすい大きさに砕かれた林檎。

「…どうぞ」
「ピッ!」

 ピィちゃんは元気な声で鳴き、不知火さんの手元で林檎を啄む。

「ほんといつも美味しそうに食べるよね」
「そうだね」

 僕と翔はそれを見つめながら会話する。十鳥先生も腕を組んでピィちゃんを見ていた。1つ1つ、小さな林檎の欠片が彼女の手から消えていく。

「キュウ」

 不知火さんは目を細めて、心底愛おしそうにピィちゃんの頭を撫でた。
 夏休みの最終日前日。いつも通り、でも時間を大切に扱うように、僕らはあれから毎日部室に通った。集合時間は前よりも早く。帰宅時間は前よりも遅く。少しでも長い時間を一緒に、そんな気持ちで約束せずに自然と。
 ピィちゃんは随分大きくなった。成長スピードは早く、あっという間だった。不死鳥に親はいないからきっと雛鳥である時間は短いんだ。それも不死鳥の不思議なんだろう。
 できる限りの時間を共に過ごした。ピィちゃんを通じて鳥の生態について、十鳥先生が特別授業をしてくれたり、少し裏庭に出て飛ぶ練習をしてみたり、部室で一日中じゃれあって遊んだり。
 そのどの時間もピィちゃんは楽しそうに鳴いていた。悲しげな表情は一度たりとも感じなかった。

「ピィッ!」

 美味しい!とでも言うようにピィちゃんが鳴く。この数週間の間のたくさんの思い出が蘇る。嘴で『かまってくれ』なんてつついてきたり、お腹を見せてゴロゴロと机の上で寝転んだり、棚にある物を飛んだり跳ねたりして落としたり。
 思い返せばキリがない。僕らはピィちゃんの一挙一動に笑い、そしてそれを寂しがった。
 もうそれも今日で終わり。明日は夏休み最終日。

………


「みんな、そろそろ帰ろうか」

 ピィちゃんがご飯を食べ終える。鳥籠に入れられたのを見てから、十鳥先生が惜しむ僕らに声をかける。

「……」
「……」
「……」

 誰も言葉を発しない。まるで根を張ったように、足が部室から離れたがらない。

「…帰ろう」

 その沈黙を破ったのは、不知火さんだった。誰に言ったのか、その言葉が部室に溶ける。

「うん」
「そうだね」

 必ず帰してあげると決めた。だからここで揺らいではいけない。僕らは重い足を上げて部室の扉に向かって歩く。

「ピィちゃん、また明日ね」
「ピィっ!」

 部室を出る直前、僕がピィちゃんに向かって挨拶をすると、ピィちゃんは『またね』と言うように鳴いた。
 茜色の部室に緋色の鳥。金色の尾羽が鳥籠から光り輝く。
 明日の朝9時、僕らは焔消山へと向かう。ピィちゃんとお別れするために。